一冊の「お金」の本が世界的に注目を集めている。『The Psychology of Money(サイコロジー・オブ・マネー)』だ。ウォール・ストリート・ジャーナル紙のコラムニストも務めた金融のプロが、資産形成、経済的自立のために知っておくべきお金の教訓を「人間心理」の側面から教える、これまでにない一冊である。世界43ヵ国で刊行され、世界的ベストセラーとなった本書には、「ここ数年で最高かつ、もっとも独創的なお金の本」と高評価が集まり、Amazon.comでもすでに10000件以上の評価が集まっている。そして日本でも、ついに本書の邦訳版『サイコロジー・オブ・マネー 一生お金に困らない「富」のマインドセット』が発売となった。その刊行を記念して、本書の一部を特別に公開する。
「美術品投資」で大成功を収めた男の話
ユダヤ系ドイツ人のハインツ・ベルクグリューンは、1936年にナチスの手を逃れて米国に亡命した。米国では西海岸で暮らし、カリフォルニア大学バークレー校で文学を学んだ。誰が見ても特別な才能がある若者ではなかった。だが1990年代には、大成功を収める美術品商になっていた。
2000年、ベルクグリューンは、ピカソ、ブラック、クレー、マチスなどの膨大なコレクションの一部をドイツ政府に1億ユーロ以上の価格で売却した。この額は、ドイツ政府が事実上の寄付とみなしたほど割安だった。個人取引の場合なら、優に10億を超える値のつくものだ。
1人の人間が、これほど膨大な量の名画を集められるのは驚異的だ。芸術作品は限りなく主観的なものである。目の前にある絵画が、将来的にその世紀を代表する作品として評価されるかどうかを見抜くには、どうすればいいのだろうか? それは「技能」なのだろうか。あるいは「運」なのだろうか。
99%失敗しても、成功は手にできる
投資会社のホライゾン・リサーチは、「技能」でも「運」でもない、3つ目の要因について説明している。それは、投資家にとっても非常に重要なことだ。
同社は、「優れた美術品商は、膨大な量の美術品を投資対象として購入する」と書いている。「多くの美術品を長期間保有すると、その一部が優れた投資対象であることが判明する。その結果、ごく一部の高リターンな美術品により、コレクション全体が黒字になる。これが、成功する美術品商のビジネスの仕組みなのである」と。
優れた美術品商は、インデックスファンドのような仕組みでビジネスをしているのだ。まず、めぼしい作品があれば根こそぎ買う。気に入ったアーティストの作品を集中的に購入するのではなく、さまざまなアーティストの作品をポートフォリオとしてまとめて購入するのである。そして、そのうちの数点が高く評価される日をじっと待つ。それがすべてだ。
一生をかけて手に入れた作品の99%は価値のないものかもしれない。しかし、残りの1%がピカソのような芸術家の作品であるのなら、すべての失敗を帳消しにできる。ほとんどが間違いでも、トータルで見れば大正解だったことになるのだ。
投資の成果のほとんどは、「テールイベント」に影響される
ビジネスや投資など、多くのことがこの仕組みで動いている。つまり、テールイベント(発生する確率は低いが、その影響力が大きい事象)の力だ。テールとは、結果の分布図の最後尾の部分を指す言葉である。少数の事象が結果の大部分を占めることがあるファイナンスの世界において、これは莫大な影響力を持っている。
(本原稿は、モーガン・ハウセル著、児島修訳『サイコロジー・オブ・マネー 一生お金に困らない「富」のマインドセット』からの抜粋です)
ベンチャーキャピタル「コラボレーティブ・ファンド社」のパートナー。投資アドバイスメディア「モトリーフル」、ウォール・ストリート・ジャーナル紙の元コラムニスト。
米国ビジネス編集者・ライター協会Best in Business賞を2度受賞、ニューヨーク・タイムズ紙Sidney賞受賞。妻、2人の子どもとシアトルに在住。