ウクライナの文化外交を担う政府機関「ウクレイニアン・インスティテュート」で長官を務めるウォロディミル・シェイコ氏は、筆者の取材に対し、ウクライナ社会が透明化され民主化された社会に進んだ期間であったと語る。

「2014年以降、ウクライナはゆっくりだが着実に政治制度が強化されてきた。汚職防止や銀行セクター、公共調達、医療、警察などで制度改革が実施され、分散型ガバナンスにも力を入れてきた。これらの制度改革が海外でどれくらい知られているかは分からないが、8年間で大きく変わったと確信するウクライナ人は少なくない」

 さらに政治そのものにも大きな変化があったとシェイコ氏は指摘する。

「欧州安全保障協力機構(OSCE)の監督下でウクライナ国内では自由で公正な選挙が行われてきた。政治の動きはいい意味で活発になっていると思う。ゼレンスキー大統領が所属する政党『国民の公僕』は最高議会で過半数を獲得しているが、彼の政党だけで意思決定できるケースはそれほど多くない。他の政党とのやり取りは時に政治的な争いに発展することもあるが、独裁体制に陥らないシステムは機能している」

 ロシア軍の侵攻前、ゼレンスキー大統領の支持率は30%ほどであったが、これは特段に低いというわけではなく、ウクライナの政治ではよくある話なのだという。

ロシアのウクライナ侵攻は
プーチン体制の終わりの始まりか

 2014年にロシアがクリミアを併合。同じ時期にウクライナ東部ドンバス地方で発生したウクライナ軍とロシアからの支援を受けた武装組織との戦闘では、8年の間に1万4000人以上が死亡している。

 プーチン大統領は2月21日、ドンバス地方で親ロシア派が作った「ドネツク人民共和国」と「ルガンスク人民共和国」の独立を承認した。

 ロシアは過去にもジョージアで、親ロシアの「アブハジア」や「南オセチア」の独立を承認し、その地域に住む親ロシア派住民の保護を名目に軍事作戦を展開した。今回も同じ手法で、ロシア軍はドンバス地方に侵攻を開始。ロシア国内で祝日となっている「祖国防衛の日」の翌日となる2月24日早朝にウクライナの複数の都市で同時に軍事作戦を開始した。