ロシアがウクライナに侵攻したのはなぜか? さまざまな議論があるが、理由は明白。ウクライナがNATOに加盟したら、ロシアの安全保障が危機に陥るからだ。そして、アメリカがロシアに対して経済制裁しかしない理由も明白。アメリカ本国の安全保障には関係がないからだ。この国際政治の現実を踏まえれば、中国が台湾や尖閣に侵攻したときに、日本に何がもたらされるかも明白であろう。その意味で、ウクライナ問題は、「日本の問題」にほかならないのだ。最新刊『変異する資本主義』(ダイヤモンド社)で、日本を取り巻く安全保障問題について詳述した中野剛志氏が解説する。

ロシアの「ウクライナ侵攻」が、日本に突きつける“残酷な現実”とは?Photo:Adobe Stock

ロシアがウクライナに侵攻したのは“当たり前”である

 なぜロシアはウクライナに侵攻したのか。なぜ米国をはじめとする西側諸国は、それを阻止できなかったのか。どうすれば阻止できたのか。

 さまざまな解説がなされているが、侵攻の理由は明白である。

 ロシアがウクライナに侵攻したのは、1997年から続くNATO(北大西洋条約機構)の東方拡大、とりわけウクライナの加盟を阻止するためだ。ロシアにしてみれば、歴史的・文化的にも関係の深い隣国ウクライナのNATO加盟は、自国の安全保障に対する直接的な脅威であり、喉元に匕首を突きつけられるに等しい。

 だから、ロシアは、ウクライナのNATO非加盟を何度も要求してきたのだし、実際、2014年にはクリミア奪取の挙にも出た。米国は戦争を回避したければ、少なくともウクライナのNATO非加盟を約束し、ウクライナをロシアとの間の地政学的な緩衝地帯とすべきであった。しかし、米国がそうしなかったのだから、ロシアがウクライナへの侵攻を決断したのも、当然だ。

 ならば、米国に、そこまでしてNATOの東方拡大を達成したいという強い意志と戦略があったのかといえば、そんなものは、まったくなかった。

 ロシアとの緊張が高まる中で、バイデン政権は、軍事対決の選択肢を早々に排除した。これを弱腰と批判する声が米国内にはあるようだが、核大国であるロシアとの戦争のリスクなど冒せるはずがないだろう。

 核抑止力などと言うが、核兵器の存在が戦争を抑止するとは限らない。核保有国同士の紛争は、実際には、核兵器の使用の本気度を試す”チキンレース”になる。

 ウクライナのNATO加盟は、米国自身の安全保障に直接関係するものではないが、ロシアにとっては、自国の安全保障上の深刻な脅威である。そう考えると、チキンレースの勝者は、おのずと明らかであろう。

 これは、1962年のキューバ危機と同じ構図である。当時は、自国の安全保障を直接的に脅かされようとしていた米国が、チキンレースに勝利したのである。

 軍事介入をするつもりがなかった米国は、経済制裁によって、ウクライナ侵攻を阻止できるとでも考えていたのだろうか。

 しかし、ロシアにとって、ウクライナのNATO加盟阻止は、安全保障上の核心的利益である。国家にとって、自国の安全保障は最重要課題であり、経済的利益よりもはるかに優先度が高いのだ。

 しかも、経済制裁の効果は相互破壊的、すなわちロシアだけでなく西側諸国にも打撃を与える。ロシアは、安全保障上の核心的利益を守るために相当の経済的損失に耐える用意がある。しかし、西側諸国がウクライナを守るために耐えられる経済損失は、ロシアほどは大きくない。

 要するに、米国には、そもそも、ウクライナをNATOに加盟させたいという強い意志と戦略があったわけではないということだ。