ロシアのウクライナ侵攻に揺れるEU。気高い理想と共に誕生したEUは、二つの危機に直面していた。一つはロシアの逆襲による分断の危機、もう一つはEU自体の内部要因による崩壊の危機である。EUはソ連崩壊後、東欧にまで勢力を拡大。巨大な経済圏を築いている。しかし、統合進展の結果は「ドイツ独り勝ち」。『激変世界を解く新・地政学』特集から、「ドイツ帝国と化したEU」を再録する。
EU(欧州連合)の内部崩壊をもたらす最大のリスク要因は欧州を牛耳る「ドイツ帝国」──。フランスの歴史人口学者エマニュエル・トッド氏はそう考えている。EUは今、二つの危機に直面している。一つはロシアの逆襲による分断の危機、もう一つはEU自体の内部要因による崩壊の危機である。
20世紀に入り、2度にわたって世界大戦を経験した欧州は、二度とこの地を戦場にしないため、宿敵だった独仏が手を結び、1950年代から地域統合体を構築してきた。93年にはEUが発足。2002年には単一通貨ユーロも発行された。
EUはソ連崩壊後、東欧にまで勢力を拡大。現在EU加盟国は28カ国、ユーロ使用国は19カ国に達し、巨大な経済圏を築いている。
しかし、統合進展の結果は「ドイツ独り勝ち」。そう解説するのは、前駐英大使の林景一・三菱東京UFJ銀行顧問だ。ユーロ圏の中で、ドイツの経済力・生産性は抜きんでて高い。ただユーロの為替レートは、ギリシャなど生産性が低い国も含めユーロ圏全体の平均で決まる。ドイツにしてみれば、自らの経済的な実力に比べ、ユーロは割安で輸出に有利に働いた。
困ったのは他の加盟国。ユーロ圏内では対ドイツで貿易赤字になっても、自国の通貨安で調整することができない。しかもドイツはEUに加盟した東欧諸国から、低コストの労働者を「輸入」して雇用。かくしてドイツはユーロ圏内外に対して輸出を伸ばし、輸出大国の地位を築いたというわけだ。
ドイツの独り勝ちによって、欧州ではドイツを頂点とするヒエラルキーが出来上がっている。かつての「ドイツ帝国」が再現されたというのだ。ドイツと各国の支配・被支配関係を表したのが、次のページの地図である。