グローバル社会が本格的に到来し、書店ではビジネス書の棚にも「世界史」の本が並ぶようになって久しい。今や世界史の知識は、国際情勢を理解するうえでも、欠かせないものだといってもよいだろう。そんななか、『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からの世界史』が翻訳出版された。全世界で700万人に読まれたロングセラーだ。本村凌二氏(東京大学名誉教授)「人間が経験できるのはせいぜい100年ぐらい。でも、人類の文明史には5000年の経験がつまっている。わかりやすい世界史の学習は、読者の幸運である」、COTEN RADIO(深井龍之介氏 楊睿之氏 樋口聖典氏・ポッドキャスト「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」)「ただ知識を得るだけではない、世界史を見る重要な観点を手に入れられる本! 僕たちも欲しいです」、佐藤優氏(作家)「世界史の全体像がよくわかる。高度な内容をやさしくかみ砕いた本。社会人の世界史の教科書にも最適だ」と絶賛されている。悲劇的な国際ニュースに日々触れていると「人類は歴史から何も学んでいないのでは?」と思えてしまう。それでも、世界史を学ぶ意味はあるのだろうか。本書の帯に推薦の辞を寄せた、東大名誉教授で歴史学者の本村凌二氏に話をうかがった。(取材・構成/真山知幸

【東大名誉教授が教える】人類は同じ悲劇を繰り返す。それでも「世界史を学ぶ意味」とは?Photo: Adobe Stock

哲学者ヘーゲルの言葉

――今回のロシアによる理不尽なウクライナ侵攻を観ても、人類は歴史から何ら学んでいないように見えます。世界史を学ぶ意味は本当にあるのでしょうか。

本村凌二(以下、本村):ドイツを代表する哲学者フリードリヒ・ヘーゲルが、まさに同じことを言っています。

 「経験と歴史が教えてくれるのは、民衆や政府が歴史から何かを学ぶといったことは一度たりともなく、また歴史からひきだされた教訓にしたがって行動したことなどまったくない、ということです」

 つまり、ヘーゲルは「<人間は歴史から何も学ばない>ということが歴史からは学べる」と皮肉を言っているんですね。歴史について学ぶとき、私はいつもこの言葉が脳裏に浮かびます。ただし、これは「集団としては歴史からなかなか学べない」という意味だと私は解釈しています。

――集団になったとき、人は同じ過ちをどうしても繰り返してしまうけれど、個人としては歴史を学ぶことで行動はよりよくなるということですか。

本村:その通りです。私は大学では西洋史を専攻しましたが、世界史に興味があったわけではありません。歴史的な出来事の中に意味を見出す「歴史哲学」を学びたくて、その入り口として西洋史を選んだのです。

 もちろん、個人が歴史から学び、行動に反映させるには、高いハードルがあります。それは「人間は見たいものを見るのであって、現実そのものを直視する人は少ない」ということです。集団になれば、特にその傾向が顕著になります。

 ただし、個人ならば「人間は見たいものしか見ないものだ」と自覚したうえで、注意深く教訓を得ることができるのではないか。歴史からきっと何か意味を見出せるはずだ。そんなふうに考えています。

「明治維新」は稀有な成功例

――個人レベルでも歴史を踏まえた正しい行動をとれるならば、世界史を学ぶ意義は大きいですね。

本村:実は、例外的に集団が歴史から学び、見事に成功した珍しいケースがあります。それこそが、日本の明治維新です。

【東大名誉教授が教える】人類は同じ悲劇を繰り返す。それでも「世界史を学ぶ意味」とは?本村凌二(もとむら・りょうじ)
東京大学名誉教授。博士(文学)
熊本県出身。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学教養学部教授、同大学院総合文化研究科教授を経て、早稲田大学国際教養学部特任教授(2014~2018年)。専門は古代ローマ史。『薄闇のローマ世界』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞、『馬の世界史』(中央公論新社)でJRA賞馬事文化賞、一連の業績にて地中海学会賞を受賞。著書は『はじめて読む人のローマ史1200年』(祥伝社)『教養としての「世界史」の読み方』(PHP研究所)『地中海世界とローマ帝国』(講談社)『独裁の世界史』『テルマエと浮世風呂』(以上、NHK出版新書)など多数。

 黒船来航をきっかけに、庶民階級も含めて日本全体が同じ危機感を持ち、「欧米から学ばなければならない」という方向に大転換を図ることができました。世界的には、日本の明治維新はまさに「集団として歴史から学んだ」稀有な成功例として、非常に注目されているのです。

――ひとり一人が世界史から学ぼうとすることで、明治維新のような大きなうねりを巻き起こすことができるのかもしれませんね。世界史を学ぶ際の注意点はありますか。

本村:歴史の専門書から入ると、どうしても挫折しやすいです。ですので、世界史の入門書を何度も繰り返し読むことをお勧めします。

 私は大学受験のときに、徹底的に教科書を読み込みました。裏のページに何が書いてあるかがわかるくらい、何度も通読したのです。そのおかげで、世界情勢を理解する基盤ができたといってもよいでしょう。

 ただ、高校で使う世界史の教科書は、学び直しのテキストとしては、やや退屈かもしれません。当時の私も受験という明確な目的があったからこそ、できたのだと思います。

 イラストでわかりやすい『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からの世界史』は、そういう意味でも、これから世界史を学びたい人にとっては、ちょうどよいレベルと分量です。何度も読んで、世界史の流れが頭に入れば、今起きている国際問題の見方も変わってくるでしょう。

 春から世界史に取り組んでみて、国際教養人としての第一歩を踏み出してみてはいかがでしょうか。

【東大名誉教授が教える】人類は同じ悲劇を繰り返す。それでも「世界史を学ぶ意味」とは?