激変する世界情勢を理解することが、現代ほど求められている時代はないだろう。グローバル化が本格化するなか「世界史の教養を身につけたい」いうビジネスパーソンが増えている。だが、日本史に比べると、なかなか関心が持ちづらく、挫折する人も少なくないようだ。そんななか、世界史をイチから広く学べるのが、『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からの世界史』だ。全世界で700万人に読まれたロングセラーが、このたび翻訳出版された。本村凌二氏(東京大学名誉教授)「人間が経験できるのはせいぜい100年ぐらい。でも、人類の文明史には5000年の経験がつまっている。わかりやすい世界史の学習は、読者の幸運である」、COTEN RADIO(深井龍之介氏 楊睿之氏 樋口聖典氏・ポッドキャスト「歴史を面白く学ぶコテンラジオ」)「ただ知識を得るだけではない、世界史を見る重要な観点を手に入れられる本! 僕たちも欲しいです」、佐藤優氏(作家)「世界史の全体像がよくわかる。高度な内容をやさしくかみ砕いた本。社会人の世界史の教科書にも最適だ」と絶賛されている。世界史の教養はどのように学べば身につくのだろうか。本書の帯に推薦の辞を寄せた、東大名誉教授で歴史学者の本村凌二氏にインタビューを行い、世界史の勉強方法について話を聞いてきた。(取材・構成/真山知幸)
歴史にアプローチしたきっかけとは?
――日本史は大河ドラマなどで触れる機会が多いのですが、世界史はとっつきにくい印象があります。今後ますます国際的な教養が必要になると頭ではわかっていても、腰が重く学習に着手できずにいます。
本村凌二(以下、本村):世界史が身近な学問としてとらえづらいのは、当たり前のことです。他国よりも自国のこと、古代よりも近代のことを知りたいと思うのが人間ですからね。
私自身も若い頃はそうでした。学生運動の最中でしたから、ロシアといえばロシア革命のこと、フランスといえばフランス革命のことくらいしか思い浮かびませんでした。せいぜい歴史の変わり目に興味をもつくらいで、世界史に関心があるとはとても言えない状態でしたね。
――そんな先生が世界史に関心をもったきっかけは何だったのですか。
本村:最初はローマ帝国支配時代を描いた映画『ベン・ハー』がすごく面白かったというくらいだったんですが、大学の卒業論文が一つの契機となりました。選んだテーマは「近代資本主義とは何か」。古代の資本主義と比較することで、大きなテーマに挑もうと試みたのです。
しかし、いざ勉強をし始めたら、近代のことはカール・マルクスやマックス・ウェーバーを通じてイメージできるのに対して、古代については何も知らないことに気づかされたんですね。そこで古代ローマについて調べているうちに、どんどん深入りしていくことになりました。
――いわゆる「歴史マニア」ではなく、関心のあるテーマを掘り下げるために、歴史にアプローチしていったのですね。これから世界史を勉強しようという人にとって、参考になる視点です。
本村:実は「人間が思考を深める方法はたった2つしかない」と、私は考えています。一つは「接触」です。接触することで影響を与え合い、考えを深めていくことができます。もう一つが「比較」です。物事を比較することでそれぞれの特徴をよく理解できます。
東京大学名誉教授。博士(文学)
熊本県出身。東京大学大学院人文科学研究科博士課程単位取得退学。東京大学教養学部教授、同大学院総合文化研究科教授を経て、早稲田大学国際教養学部特任教授(2014~2018年)。専門は古代ローマ史。『薄闇のローマ世界』(東京大学出版会)でサントリー学芸賞、『馬の世界史』(中央公論新社)でJRA賞馬事文化賞、一連の業績にて地中海学会賞を受賞。著書は『はじめて読む人のローマ史1200年』(祥伝社)『教養としての「世界史」の読み方』(PHP研究所)『地中海世界とローマ帝国』(講談社)『独裁の世界史』『テルマエと浮世風呂』(以上、NHK出版新書)など多数。
古代の資本主義と近代の資本主義を比較してみると、「モノを売る」とういうことは、どんな時代にもあるので、その点は共通しています。では何か違うのかといえば、近代資本主義では「労働力が商品化される」ことが問題視されますが、古代の資本主義ではそのレベルまでいけなかったんですね。
なぜなら、古代には奴隷制度があったからです。過酷な労働は奴隷にやらせればよかったので、近代資本主義の段階にまで至らなかったんですね。歴史を比較することでしか見えないことがあると、私はこのときに学びました。
歴史は比較すると面白い
――必ずしも同時代の歴史を比較しなくてもよいのですね。馴染みの深い日本史と比較することで、世界史の理解も進みそうです。
本村:自国の歴史と比較することで他国の歴史にも関心を持ちやすいし、近現代と中世や古代を比較することではるか昔の時代で行われてきたことの意味も見えてきます。
例えば、古代ローマ史だけだと興味を持ちづらくても、日本史と比較すると面白いことがわかります。古代ローマと日本史を比較する場合、対象が奈良時代や平安時代では、話にならないんですね。
というのも、古代ローマは前近代的な時代において、突出して文明が発達していました。産業革命がローマで起きなかったのが不思議なくらいですが、先ほど述べたように、奴隷の存在が資本主義社会としての発展を妨げました。
古代ローマと比較するならば、日本では江戸時代が適しています。まずは「平和が長く続いた」ことが共通点として挙げられます。江戸時代では約260年間にわたって太平の世が続きました。一方の古代ローマにおいては、アウグストゥスが皇帝に即位した前1世紀後半から2世紀末まで、250年近く平和と繁栄を謳歌しています。
平和な時間が長かったために、同じようなことが起きました。江戸時代と古代ローマではともに、酒の味が洗練されています。ローマではワイン、日本は日本酒の味わいが、現代人に合うようになったのは、この頃なのです。
さらに、人口規模や識字率が高い点も共通しています。江戸時代では寺子屋、古代ローマでは青空学級が庶民に広がっていき、また江戸時代では貸本屋が盛んになり、古代ローマでは図書館が整備されています。江戸時代と古代ローマを比較することで、そんな教育や文化について掘り下げて分析することもできるのです。
世界史は高校レベルで良い
――日本史と比較するという観点で世界史を学び直すと、新たな発見ができそうです。世界史を学ぶ上で大切なことはありますか。
本村:世界史の入門書を何度も何度も繰り返し読むことが大切です。高校で習うレベルの世界史が一通り頭に入っていれば十分なので、世界史の流れをつかむために、反復して読みましょう。
あまり難しい本だと挫折しやすいので、『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からの世界史』はちょうどよいレベルと分量といえます。イラストも豊富で、誌面もノート形式なので読み進めやすいです。
世界史の基礎知識を徹底して体に叩き込めば、今、世界で起きていることの背景が段々と見えてくるはず。ぜひ地道に世界史の勉強を重ねて、国際的な教養を身につけていきましょう。