米金融会社、WSFSのCEOは
主要企業49社へ「リスキリングの旅」を敢行

 ひるがえって『The Edge』で取り上げられているのは、米国の地銀から大手保険会社まで、デジタル化や経営スタイル、企業文化の変革に挑んだ10人のCEOだ。

 中でも、ユシーム教授がインタビューで真っ先に挙げたのが、東部デラウェア州に本社を置く金融サービス会社、WSFS Financial Corporationのマーク・ターナー元CEO(会長、社長も兼任)だ。

 ターナー氏は、同社傘下のエリア内最大の地銀、WSFS Bankのデジタル化やイノベーションの戦略を探るべく、CEOに就任して10年たった2016年夏に、3カ月間の「指導力訓練ツアー」を決行した。

 アマゾンなどの小売り企業から、アップルなどのテック企業まで、米主要企業49社を視察する「学びの旅」だ。企業や大学で長期勤続者に与えられる「サバティカル(長期)休暇」のCEO版である。

 ターナー氏は、従来の銀行業でエッジ(優位性)を確立していたが、フィンテックの波が地銀にも押し寄せる中、「会社を未来に導くために、次のエッジ(断崖・優位性)へとジャンプする決意を固めた」(ユシーム教授)。そして、全米のホテルを泊まり歩きながら、体力的にもきついであろう、視察旅行を実施した。リスキリングの旅である。

エッジ――10人のCEOはどのように組織の導き方を学んだか、私たち誰もが学ぶべき教訓企業文化の変革に挑んだ10人のCEOを取り上げたマイケル・ユシーム氏の著書『The Edge: How Ten CEOs Learned to Lead―― And the Lessons for Us All(エッジ――10人のCEOはどのように組織の導き方を学んだか、私たち誰もが学ぶべき教訓)』(未邦訳)

 例えば、南部アーカンソー州のウォルマート本社では、「『クリック』と『モルタル』がいかに共存できるか」(『The Edge』から)を、ウォルマートの元CEOから学んだという。オンラインバンキングを示唆する「クリック」と、実店舗を意味する「モルタル」は、「ブリック・アンド・モルタル」(Brick and Mortar/レンガとモルタル。転じて「実店舗」の意)に引っ掛けた表現だ。

 ウォルマートは世界最大手の小売業者だが、オンラインショッピングでアマゾンに追いつくべく、人工知能(AI)などのテック系スタートアップを買収したり、自社でフィンテック系スタートアップを立ち上げたりと、2017年頃からデジタル戦略を強化している。

 また、ウォルマートは、AIによる在庫管理やブロックチェーンを駆使したサプライチェーン管理で知られている。コロナ禍がサプライチェーンの混乱を引き起こしているが、サプライチェーンの知識やリスク管理も、「リーダーが習得すべきスキルの『長いリスト』に含まれる」(ユシーム教授)。

 AI やデジタルトランスフォーメーション(DX)、仮想通貨といったテクノロジーの知識が、21世紀に必須のリーダーシップスキルに含まれるのは言うまでもない。

「WSFSのターナー氏は、ウォルマートやアップルなどを視察することで、フィンテックが銀行業において、どのように機能しうるのかを、理解する必要があった」と、ユシーム教授は語る。

 3カ月の「指導力訓練ツアー」を終えたターナー氏は、一部の店舗を閉鎖し、浮いたお金をテクノロジーへ投入。オンラインバンキングの強化を図った。同氏は、新たなスキルを習得しなければならないことを認識していたリーダーの好例だ。