唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されている。今回は、著者が書き下ろした原稿をお届けする。

【医師が教える】アヘンとヘロインにまつわる怖い世界史Photo: Adobe Stock

アヘンの謎とギリシャ神話

 驚くべきことだが、紀元前から使われていた薬草や生薬が、今なお医療現場で欠かせない薬として活躍している例は多くある。

 例えば、ケシの果汁を乾燥させたものが、痛みをやわらげ、精神を落ち着ける作用を持つことは、古代エジプトの時代から知られていた。のちに依存性が問題になり、戦争の原因にまでなったこの生薬は、「アヘン」の名で知られている。

 かつてイギリスの東インド会社は、中国の清にアヘンを輸出し、莫大な利益を得ていた。18世紀末のことだ。だが、アヘン依存者の増加と貿易赤字の拡大に悩まされた清は、1796年以後、アヘンの輸入を禁止する。これを契機として、イギリスが清に仕掛けた戦争が「アヘン戦争」である。

 だが、一体アヘンに含まれる何が、強い鎮痛、鎮静作用を生むのかは、長らく知られていなかった。その謎を解いたのは、ドイツの薬剤師フリードリヒ・ゼルチュルナーである。

 ゼルチュルナーは実験を重ね、1804年、努力の末ついにアヘンの有効成分の抽出に成功する。ギリシャ神話に登場する夢の神「モルフェウス」にちなみ、彼はその物質に「モルヒネ」と名付けた。その時彼は、弱冠21歳であった。

 モルヒネは、今も医療現場で重要な医療用麻薬として使用されている。適切に使用すれば依存性の心配はなく、がんによる痛みなどに有効に使える薬剤である。

 医療用麻薬は「オピオイド」とも呼ばれ、オキシコドン、コデイン、トラマドール、フェンタニルなど、さまざまな種類がある。飲み薬だけでなく、貼り薬や坐薬、注射薬など、用途に応じて使い分けることができ、利便性の高い薬である。

モルヒネの暗い歴史

 実はモルヒネにはもう一つ、暗い歴史がある。

 世界的なメガファーマ、バイエル社の研究者ハインリッヒ・ドレーザーは、かつてモルヒネの改良を目指していた。

 もっと効果が強く、かつ安全性の高い薬を作りたい。彼が目をつけたのは、モルヒネの化学構造を少し変化させた「ジアセチルモルヒネ」であった。ジアセチルモルヒネは、一見すると素晴らしい薬に思えた。モルヒネより効果は高く、持続時間は短く、切れは良い。

 のちに、その薬は「ヘロイン」と名付けられた。力が湧いてきて英雄(ヒーロー)のような気分になれたからだ。

 だが、強い依存性と濫用が大きな問題になった。ヘロインを過剰摂取すると、強い陶酔感が忘れられずに乱用を繰り返してしまう精神的依存と、定期的に摂取しなければ吐き気や悪寒、全身の痛みなどの禁断症状が現れる身体的依存が同時に形成される。

 使用を続けると心身ともに蝕まれ、最終的には死に至る薬であることが分かったのだ。結果的に、1913年には製造が中止され、いまや使用や所持が禁止される不正麻薬となった。薬として安全に使える代物ではなかったのである。

 薬と毒は表裏一体であり、化学物質を人間の都合で呼び分けているだけだ。適切に使用されれば名薬となる物質も、用途を誤れば、人的被害をもたらす毒になるのである。

【参考文献】
『図説医学の歴史』(坂井建雄著、医学書院、二〇一九)
日本緩和医療学会「がん疼痛の薬物療法に関するガイドライン 2020年版」(https://www.jspm.ne.jp/guidelines/pain/2020/index.php)
日本緩和医療学会「緩和ケア.net」(http://www.kanwacare.net/kanwacare/point04.php)

(※本原稿はダイヤモンド・オンラインのための書き下ろしです)