唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。

【外科医が教える】「手術のついでにお腹の脂肪は取れますか?」と聞く人が知らない残念な真実Photo: Adobe Stock

患者からのよくある質問

 外科医がよく患者さんからされる質問の一つに、

「ついでにお腹の脂肪も取ってもらえませんか?」

 というものがある。

 もちろん冗談混じりに問われるケースもあるが、切実にお願いされることもある。

 確かに、お腹の脂肪が気になる人にとっては、「お腹を開くいい機会なのだから、いくらか脂肪を減らしてもらえるなら好都合だ」と思うのは自然だろう。しかし実際には、期待されるだけの脂肪を取り除くのは難しい。

 なぜだろうか?

 その理由は、お腹の中の脂肪がどのように分布しているかを知るとよく分かる。

内臓脂肪はどんなふうに存在するか

 お腹の中の脂肪は、一般に「内臓脂肪」と呼ばれる。

 お腹を切り開くと、すぐに見えるのは胃や腸などの内臓と、それを取り囲む黄色い内臓脂肪である。

 この脂肪の量には、非常に個人差が大きい。肥満の人の場合、一面に黄色い脂肪が分厚く広がり、臓器が隠れていることもある。

 さて、分かりやすさを優先して、「内臓脂肪を取り除く」のが難しい理由を、関西風のお好み焼きにたとえて説明したい。

 関西風のお好み焼きは、材料を最初に全部混ぜてから焼くのが特徴だ。焼き上がると、黄色い生地の中に、肉やキャベツ、エビやイカなどの具材が点在した状態で固定される。

 ここで、たっぷり具材が入ったお好み焼きをイメージし、生地を内臓脂肪、具材を各種の臓器に置き換えてみる。

 必要な臓器を残したまま内臓脂肪だけを取るというのは、お好み焼きの具材を残したまま生地だけを取ることに等しい。これが難しいのは想像しやすいだろう。

 逆に、「エビだけを一つ取る」なら難しくはない。これが臓器の摘出に相当する。

 また、お腹の病気で臓器を摘出する際、周囲の内臓脂肪を一緒にまとめて取ることもある。これは、「エビと、その周囲にまとわりつく一部の生地をセットで切り取る」イメージである(ふつう関西風のお好み焼きはこのようにして食べる)。

 この場合は、ある程度の内臓脂肪が体から減ることにはなる。だがこれは、「お腹の脂肪が気になる人が期待するほど脂肪を減らす」ものではない。大きなお好み焼きの一部を小さなコテで切り取ったに過ぎず、まだ生地はたくさん残っているからだ。

 つまり、臓器だけを切り取る、あるいは臓器と一緒に内臓脂肪を一部切り取ることはできても、内臓脂肪だけをたくさん取るのは難しい、ということだ。

大切なのは最小のリスク、最大の効果

 もちろん、理由は技術面だけにあるのではない。

 脂肪組織の中には血管が張り巡らされ、これが臓器を取り巻き、栄養を送っている。こうした大切な構造物を、病気の治療に必要でないにもかかわらず傷つけ、無用なリスクを与えるのは本末転倒だとも言えるだろう。

 医療現場ではよく、手術は「最終手段」と言われる。

 直接的に身体に損傷を加え、大きなリスクを負わせてもなお、それを上回るメリットが期待できる場合にのみ検討されるのが「手術」という治療だ。

 そのため手術では、リスクをいかに低くし、その上で、いかに効果を高められるかが重要になる。病気を治療する上で「必要かつ十分な」操作のみが求められるのである。

「ついでに何かを行う」が難しいのは、こうした理由ものあるのだ。

(※本原稿は『すばらしい人体』を抜粋・再編集したものです)