唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されたその内容の一部を紹介します。好評連載のバックナンバーはこちらから。
人体を切り開いて中を覗き込む
人間の体は、一見すると左右対称である。少なくとも外観は、頭から股間を貫く直線を軸に、線対称な形をしている。
ところが、ひとたび体を切り開いて中を覗き込むと、全くもって左右対称ではないことに気づく。
例えば、肝臓は右のあばらの下にあり、その大部分は体の右側に位置している。一方、脾臓は左のあばらの下にあり、右側にはない。むろん、いずれの臓器も体に一つしかないため、左右対称になり得ないのは自然とも言える。
だが、左右にそれぞれ一つずつある臓器もまた、意外にも左右対称ではない。
例えば、肺がいい例だ。肺は左右に対称的に存在するように見えるが、その構造は全く異なる。右の肺は、上葉、中葉、下葉の3区画に分かれるのに対し、左の肺は上葉と下葉の2区画しかなく、右の肺より少し小さい。
なぜ、このような違いがあるのだろうか。
その理由は単純で、心臓が中央より左側にあるためだ。胸の左側の空間は、心臓が部分的に占拠しているのだ。
似たようなことは、腎臓にも言える。腎臓は、左右の腰に一つずつ存在する、握りこぶし大の臓器だ。一見すると左右対称に思えるが、実は右の腎臓は左の腎臓より下にある。
なぜだろうか?
その理由も単純だ。大きな肝臓が右側にだけ存在するため、右の腎臓は肝臓によって押し下げられているのだ。つまり、「左の方がスペースに余裕がある」というわけである。
ちなみに、体の中心に一つだけある臓器も、その形が左右対称とは限らない。例えば、お腹の中心にある膵臓は、縦の長さが左右で随分異なる。右側は長く、左側は短い、まが玉のような形をしているのだ。
医療ドラマでありがちなミス
実は、医療ドラマやバラエティ番組などで、レントゲンやCTが左右逆に表示されていることがよくある。
医療者は日頃から検査画像を見慣れているため、当然ながら、このミステイクに瞬時に気づく。これはひとえに、人体が左右対称ではないゆえんだ。
かつての医療現場では、検査画像を見る時に、フィルムを「シャーカステン」と呼ばれる装置に掲げ、後ろから蛍光灯の光をかざすのが一般的だった(今ではコンピュータの画面に表示して見ることが多い)。
そのため、新人が誤ってフィルムを裏返しに掲げ、上司に叱られるという光景は、医療ドラマのみならず現実でもよくあった。人体が左右対称でないがゆえに、こうしたミスが瞬時に気づかれる、というわけだ。
臓器が逆さまになる病気
実は、臓器の配置が左右反対になる病気がある。これを「内臓逆位」という。生まれつき、内臓が鏡に写したように逆に存在する、先天性の異常である。
内臓逆位には、すべての臓器が逆転する「完全内臓逆位」と、一部の臓器のみが逆転する「部分内臓逆位」がある。
むろん、単に「臓器が逆に存在する」だけであれば何ら問題はなく、それだけで病気とは言い難い。だが、内臓逆位には臓器そのものの先天奇形を合併することも多く、それが健康上の問題になることは少なくない。
また、医療者にとって内臓逆位は、手術を行う際に注意を要する。いつも見慣れた体内の景色が、まるで鏡に写したように左右逆になるためだ。術者の立ち位置や手順について、慎重に検討する必要があるのだ。
内臓逆位の頻度は4000~10000人に一人とされ、必ずしも「非常にまれ」ではない。内臓逆位の患者に手術が行われた旨を報告した論文は、我が国だけでも、これまで1000件以上ある(*)。
ちなみに、内臓逆位の原因についてはさまざまな説があり、その実態は完全には解明されていない。人体はまだまだ不思議に満ちているのだ。
【参考文献】
内分泌甲状腺外会誌 30(2):148-151,2013
(*)医学中央雑誌にて検索
(※本原稿はダイヤモンド・オンラインのための書き下ろしです)