唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されている。今回は、著者が書き下ろした原稿をお届けする。

【医師が教える】飲みすぎた後の「嘔吐」で起こる「恐ろしいこと」とは?Photo: Adobe Stock

食道とシュークリーム

 シュークリームを圧迫すると、ある程度の圧力を超えたところで破裂し、クリームは外に飛び出してしまう。当然ながら、シューの壁が耐えられる圧力には、限界があるからだ。

 実は人体にも、似た現象が起こりうる部位がある。代表的なのが食道である。

 オランダの医師であり、ライデン大学の教授ハーマン・ブールハーフェは、18世紀初頭、食道が破裂する病気を初めて報告した。

 大量に食べたのち嘔吐し、激しい胸の痛みと呼吸困難を起こして死亡した患者を解剖した結果、ブールハーフェはそれが食道の破裂に起因することを突き止めた。

 彼の名前から、この病気は今も「ブールハーフェ症候群」と呼ばれるが、またの名を「特発性食道破裂」ともいう。

 食道に高い内圧がかかると、食道の壁が耐えきれず破裂してしまう。特に、大量飲酒後の激しい嘔吐が原因となるケースが典型的だ。

食道が破裂すると…

 医師国家試験には、「食道破裂が最も起こりやすいのはどの部位か」という頻出問題があるが、その答えは「下部の左側の壁」である。その部分の壁が構造上、最も弱いためだ。

 シュークリームを押しつぶせば、圧に最も弱い底の中央から破れ、クリームが漏れる可能性が高い。それと同じ理屈である。強い圧が加われば、弱い部分から破損するのだ。

 食道が破裂すると、胸の痛みや呼吸困難などの激烈な症状が起こる。食道の内容物が、周囲の「縦隔」と呼ばれる空間に流れ込む。本来無菌の空間に細菌が広がり、全身性の感染症を引き起こし、生命に危険が及ぶ。重症度によるが、一般に緊急手術が必要となるケースは多い。

 内臓はたいてい、「普通の使い方」をしていれば簡単には破損しないようにできている。だが、あくまで人体は自然界にありふれた有機物で構成されていて、それほど頑丈ではない。

 少し無理な力を加えると、壊れたり、裂けたり、破れたりしてしまうのだ。どんな臓器も、乱暴な使い方や目的外の使用は禁物である。

【参考文献】
『図説医学の歴史』(坂井建雄著、医学書院、二〇一九)

(※本原稿はダイヤモンド・オンラインのための書き下ろしです)