唾液はどこから出ているのか?、目の動きをコントロールする不思議な力、人が死ぬ最大の要因、おならはなにでできているか?、「深部感覚」はすごい…。人体の構造は、美しくてよくできている――。外科医けいゆうとして、ブログ累計1000万PV超、Twitter(外科医けいゆう)アカウント9万人超のフォロワーを持つ著者が、人体の知識、医学の偉人の物語、ウイルスや細菌の発見やワクチン開発のエピソード、現代医療にまつわる意外な常識などを紹介し、人体の面白さ、医学の奥深さを伝える『すばらしい人体』が発刊された。坂井建雄氏(解剖学者、順天堂大学教授)「まだまだ人体は謎だらけである。本書は、人体と医学についてのさまざまな知見について、魅力的な話題を提供しながら読者を奥深い世界へと導く」と絶賛されている。なぜ、本書が広く読まれる本になったのか?『すばらしい人体』の魅力について、市原真氏(病理医ヤンデル @Dr_yandel)に、分析していただいた。
誰も指摘しなかった分析
山本健人『すばらしい人体』は、これまでに16万部も売れているベストセラーです。発売から半年以上が経過した今、私は、この本にかんする「誰も指摘してこなかった分析」をお話ししようと思います。まだ持っていない方に興味を持っていただきたいのはもちろんですが、すでにこの本を買って読み終えた方も、「えっ、気がつかなかったけど、そうなの!?」と、あらためて読み直していただければ幸いです。本は何度読み返してもいいですからね。
最後まで読むのがタルい方向けに、本項のハイライトシーンを先にお目にかけますと、私はこのあと1400文字くらいあとに、「権化(ごんげ)かよ!」と叫びます。
本書は充実の分厚さです。章が5つあって、タイトルはそれぞれ以下の通り。
1.人体はよくできている
2.人はなぜ病気になるのか
3.大発見の医学史
4.あなたの知らない健康の常識
5.教養としての現代医療
それぞれに、「頭から大量に血を流していても重症とは限らない(!)」とか、「昔の陸軍と海軍それぞれにいた軍医の持論が違ったせいで、片方だけがめちゃくちゃ病気になってしまった」とか、「すり傷の対処にかんする令和4年時点での最適解」と言ったワクワクするようなテーマがちりばめられています。じつに守備範囲の広い本です。中でも、「肛門は実弾(固体)と空胞(気体)を区別できる」のフレーズは大変有名となり、さまざまなメディアで驚きと感激と笑顔をもって迎えられました。パワーワード過ぎるだろ。
ただし本書は、単なる「雑学のデパート」ではなく、「バズったブログのまとめ」でもありません。それならここまで売れなかったと思います。
目次の順序の妙
核心を申し上げます。目次の順序の妙に着目していただきたい。じつは、この順番、医学生が医学を習う順番と同じ構造になっているんですよ。
試しに、目次それぞれを医学部の講義と対応させてみましょう。
1.人体はよくできている →解剖生理学(1年生~2年生)
2.人はなぜ病気になるのか →病理学(3年生)
3.大発見の医学史 →医学史+感染症学+基礎医学(1~3年生)
4.あなたの知らない健康の常識 →臨床医学+生理学(4年生、2年生)
5.教養としての現代医療 →治療学+病棟医学(5年生、6年生)
ほら。本書には、医学部で6年間かけて習う内容が、順序よくちりばめられているのです。
『すばらしい人体』と似たコンセプトの本は、これまでも度々発売されてきました。先行書籍を解像度粗めに要約すると、「人体にまつわる小ネタを集めて、トイレでも読めるくらいにひとつひとつのネタを短く編集した本」や、「一冊通読し終わるころには大半を忘れてしまうが、かろうじて記憶に残った2,3個を飲み会でドヤ顔で披露できるくらいにはインパクトがある本」です。こういった本は今も書店に多く並んでいますが、昨今ウェブで情報を集めるのに慣れた人びとの心を掴むには至っていないように思います。
でも、本書は圧倒的に高い満足度を得て、多くの人に支持されています。その理由は、私が考えますに、
各項目の順番を熟考することで、読んだ人に「一時的な小ネタ」ではなく「人体を俯瞰するための知恵」をもたらすことができた
からだと思うのです。
本書で語られる項目は、著者が詳しい順番に並んでいるわけではなく、10秒動画でバズりそうな順に並んでいるわけでもありません。「高校まで医学のことを知らなかった医学生が、医学の道に少しずつ踏み込んでいくのとほぼ同じ順路」になっています。骨子が目先の販売数ではなく「学びやすさ」にあるんですよ。それが結果として売れまくっているというのは痛快だと思います。