韓国エンタメはなぜ世界で成功したのか『韓国エンタメはなぜ世界で成功したのか』 菅野朋子 著 文藝春秋(文春新書) 1045円(税込)

 そんな疑問に、本書『韓国エンタメはなぜ世界で成功したのか』が答えてくれた。そして、韓国発のカルチャーが世界で評価されているのはBTSをはじめとするK-POPだけではない。2020年の韓国映画『パラサイト 半地下の家族』は、米アカデミー賞で作品賞を含め4冠という、とてつもない受賞歴を誇る。Netflixのドラマ『愛の不時着』や『イカゲーム』のコロナ禍でのヒットも記憶に新しい。本書はそのあたりも含む「グローバル韓流」とでもいうべきエンタメ旋風の現況と舞台裏を詳細に明らかにする。

 著者の菅野朋子氏はソウル在住のジャーナリスト。出版社勤務、「週刊文春」記者を経てフリーランスに。著書に『ソニーはなぜサムスンに抜かれたのか』『好きになってはいけない国。』(ともに文藝春秋)などがある。

情報を戦略的に“小出し”して
パズルのピースにするBTSの戦略

 まず、どうして韓国エンタメは世界市場を目指したのか。それには、1990年代末の経済危機による国内市場の収縮という、やむにやまれぬ事情があったようだ。そして、ちょうどその頃、IT化の波が世界を席巻し始める。

 韓国エンタメは、この大波を捉えて世界進出の武器にできた。すなわち、インターネット、スマートフォン、SNSの広がりを上手に利用することで、アーティストやコンテンツ、そしてその評判を世界に行き渡らせていったのだ。

 今は、YouTubeなどを使うことで、レコード会社や事務所に所属していないアーティストでも簡単に世界に自分の作品を広めることができる。若い頃にバンド活動でメジャーデビューを夢見ていた40~50代にとっては、夢のような環境だ。リスナーにとっても、勇気を出して高価なCDやレコードを買わなくても、あるいはわざわざ店に足を運んでレンタルを利用しなくても、YouTubeやサブスクリプション型の音楽配信サービスである程度高音質の楽曲が楽しめる。

 音楽を届けるにも、聴いて楽しむのにも、その楽しみを他者と共有するにも、ほとんどハードルがなくなった現在、その利点を戦略的に活用していったのが韓国の音楽事務所だ。中でもBTSを売り出したHYBE(ハイブ、前Big Hit Entertainment)は新興の音楽事務所だが、ソウル大学のホン・ソクキョン教授によると「トランスメディア」という巧みなPR戦略を採用している。

 トランスメディア戦略とは、さまざまなメディアに情報を小出しにして、それを受け手がパズルのピースを組み合わせるようにして全体像を把握できるようにするものだ。例えばBTSは、楽曲の歌詞やミュージックビデオのストーリーに、彼らの成長物語の断片を複層的に織り込んでいると、ホン教授は分析している。ファンはそれらを組み合わせて解釈し、共有してその解釈を話し合う。そうして、SNSなどでファン同士のコミュニケーションも生まれる。

 それぞれのファンが独自に解釈することで、「自分だけのBTS像」を描けるのだろう。さらにそれを仲間と共有することで、共感し合ったり、新たな発見を得たりもできる。