しびれる構成

 人体をおもしろおかしく、肩肘張らず、しかし大事な部分はきっちりと学ぶために、山本健人先生(けいゆう先生)は、入り口として解剖学を選びました。それも、読者の皆さんがイメージしやすいボディコントロールの話から、目や舌などの「脳に直結し、イメージが湧きやすい部分」をリズミカルになぞり、心臓や胃腸、そしてうんこちんちんの話へ進んでいく丁寧さです。あたかも、一流のマンガ家が「読者の目線をストレスなく誘導するためにコマ割を練り込んでいく」ようです。ほれぼれします。その後、第2章で、「それほどすごい人体が病気になるとはいったいどういうことなのか?」を、がん、アレルギー、免疫などの「民放各局がこぞって番組のタイトルに入れたがる、でも本当はみんなあんまりわからないで語っているキーワード」とともにズバズバ斬っていきます。

 いやー、美しい。

 さらに興奮を隠さず申し上げますと、第3章で医学史的な話がはじまる構成にしびれます。すばらしい人体』の書評やレビューでこのことに触れているものがほとんどないのが信じられない。あまりに自然な構成過ぎて誰も気がつかなかったのかな?

 あのですね。

 格調高い本を作りたい医者は、本の第1章を偉人たちの話に費やしたがる

 ものなんです。本書の第3章「大発見の医学史」は、他の本だと最初の方に来ていることが多い。これマジです。特に医者が著者の本は、じつに8割5分以上の確率(私調べ)で、歴史や偉人伝からはじまります。その方が本としての体裁が整うように思っちゃうんじゃないかな。

 でも、「学びやすい本」を作るにあたって、医学史を序盤に持ってくるのは、ハッキリ言ってタブーです。なぜなら、医学史の多くは「人類と感染症との戦い」であり、感染症学は「解剖生理」を習ったあとでないと難しくて理解しづらいからです。人体とは(解剖学)、病気とは(病理学)、といった内容を素通りして、いきなりハーヴィーの循環理論とかウィルヒョウの細胞生物学の話をされても、いまいち「他人ごと」に感じてしまうのですよ。そもそも難しいし。

 ところがけいゆう先生は、医学史の内容を3章という絶妙のポジションに置いています。神構成です。控えめに言って「わかりやすさの権化かよ!」と感じます。

もうひとつの「すごいポイント」

 すみません冒頭から1400字くらいのところで「権化かよ!」の予定だったのですが、今数えてみると2100字でした。2000字上限の原稿を書いているはずなのに不思議です。人間、言いたいことがあると、構成とかめちゃくちゃになって熱量で語りがちです。でも、けいゆう先生は違います。熱量が異常に高いのに暑苦しくないし、押しつけがましくもない。「学びの順序」や、「各項目の長さ」が絶妙です。これってマジで書籍の強みを最大限に活かしているよなあ(ウェブだとだらだら書いちゃう)。

 というわけで今すでに文字数大幅オーバー中なんですけど、せっかくの機会なので、もうひとつの「すごいポイント」をお話しさせてください。

 いったい何かというと、第4章(あなたの知らない健康の常識)と第5章(教養としての現代医療)が冒頭に来ていないことです! これ、もはや、すごいを通り越してエモいです。

 医療本の著者であるけいゆう先生が、「読者が日常で興味を持ちそうな内容を冒頭に持ってこなかった」なんて……。

 かく言う私も、もしこれと同じような本を作るとなったら「第1章はすぐに使える健康情報にしましょうね、その方が読者がスッと入ってこられますからね」とか言いそうです。

 しかし実際に『すばらしい人体』を読んだあとでは、けいゆう先生の意図がわかるような気がします。これ以外の順番はあり得ない。

 健康の常識とか最新の医療機器と言った話題は、一見、朝の情報番組でも気軽に取り上げられそうなポップな項目に思えます。でも、本当は、医者として病棟ではたらきはじめてからの知識が必要となる、高度で先進的な話なんですよね。かっこよさそうな言葉やキワッキワのイラストで飾ったところで、医学の本質が見えていない状態だと、「なんかすごそう」しか伝わらない。それこそ「小ネタ」としか受け取ってもらえない。

 でも、第1章から順番に、明るく楽しく人体の基本原理や医学の要点を学んだあとでは、「非医療者がわかる言葉」だけでもここまで豊潤に読み解けるようになります。いやー、おそれいりました。「体温はすごい」の項とかほんと完璧です。

 伝え方の権化かよ……。

 けいゆう先生、今度、文字数の守り方を教えてください。よろしくお願いします。
 (3323文字/2000字)

市原真(いちはら・しん)
1978年生まれ。2003年北海道大学医学部卒業。国立がんセンター中央病院(現国立がん研究センター中央病院)研修後、札幌厚生病院病理診断科へ(現在、同科主任部長)。医学博士。病理専門医・研修指導医、臨床検査管理医、細胞診専門医。ツイッターでは「病理医ヤンデル(@Dr_yandel)」として人気を博し、フォロワー数14万人超。著書に『いち病理医の「リアル」』『Dr.ヤンデルの病院選び ヤムリエの作法』(丸善出版)、『病理医ヤンデルのおおまじめなひとりごと常識をくつがえす“病院・医者・医療”のリアルな話』(大和書房)、『どこからが病気なの?』(ちくまプリマー新書)、『ヤンデル先生のようこそ! 病理医の日常へ』(清流出版)、『Dr.ヤンデルの病理トレイル「病理」と「病理医」と「病理の仕事」を徹底的に言語化してみました』(金芳堂)、『はじめまして病理学』(照林社)など。
Twitterアカウント:https://twitter.com/Dr_yandel

(※本原稿はダイヤモンド・オンラインのための書き下ろしです)