生活保護があっても、北新地ビル放火殺人事件を止められなかった理由Photo by Yoshiko Miwa (以下同)

北新地ビル火災から4カ月
5つの「謎」を読み解く

 2021年12月17日朝、大阪・北新地の心療内科クリニックで火災が発生した。合計27人が死亡した衝撃的な事件の直接の原因は、そのクリニックの患者でもあった容疑者・T氏(当時61歳)による放火だ。T氏自身が意識不明のまま約2週間後に死亡したため、放火に至った動機や経緯、そして事件直前のT氏の暮らしぶりのほとんどは、不明のままになっている。

 数多くの記事が、事件の背景にT氏の生活困窮と孤立があった可能性を指摘している。T氏は、家族に対する殺人未遂罪で実刑判決を受けており、刑務所への入所歴がある。また、精神疾患があり、心療内科での治療を受けていた。さらに、T氏は2回にわたって生活保護を申請したことがあるものの、利用には至らなかった。何があれば、事件は起こらなかったのだろうか。

 T氏の職歴・刑務所入所歴・生活保護・生活環境・心療内科クリニックの五つの「謎」に注目して、この問いを解きほぐしてみよう。

 板金工場を営む父親の次男として生まれたT氏は、工業高校を卒業し、父親の板金工場で働き始めた。しかし20歳になる前に母親が他界、その時期から父親や兄弟と疎遠になったという。実家を出て別の板金工場に就職したT氏は、腕前と真面目さを高く評価され、2000年代後半までは安定した職業生活を送っていたようだ。また私生活では、結婚して2人の子どもに恵まれた父親でもあった。