3年前、家族で神奈川県のキャンプ場に出かけ、帰ってきた日の夜のことだった。

 就寝前、トイレに行くと、股間に何やら、茶色っぽい小さな粒がついている。さっき風呂に入ったのに、なんで落ちなかったんだろう。おかしいな――。

 ゴミだと思い、指ではじいたもののビクともしない。えっ、なんで?

 再び指で触ったときだった。

「うぁぁぁー!」

 深夜のトイレで絶叫した。突如、小さな物体から足が突き出て、動いたのだ。

 一瞬で眠気が吹き飛んだ。

 これはたぶん、ダニだ……。

 まだしっかりと張りついたままだが、急いでパソコンを立ち上げた。画面の写真と見比べて確認し、対処法を調べる。すると、無理に引っ張るとダニの一部がちぎれ、皮膚の中に残り、傷口が化膿してしまう、などとサイトに書かれていた。あそこが膿(う)んだら大変だ――。

 だが、吸血が終わると自然に外れる、とも書かれていた。

 どんな場面でダニにやられたのか、まったく思い浮かばない。よりによって、こんなところに食いつきやがって――心の中で悪態をつく。

 場所が場所だけに子どもたちには黙っていた。妻には報告したが、無言である。

 そのうちにとれるのではないか? かすかな希望を抱き、数日間、様子をみたが変化はなく諦めた。トイレに行くたび、アイツを目にするストレスに耐えられなくなったのだ。

 近所の皮膚科を訪ねた。

 ズボンを下ろすと、医師は驚く様子もなく「ああ、マダニですね」と言った。ピンセットでマダニの胴体をつまむと、手慣れた様子で皮膚から外し、小さな瓶の中に放り込んだ。

「最近、キャンプに行ってマダニにやられる人が多いんですよ」

 そう言って医師が瓶を揺らすと、底に沈んでいたたくさんのマダニが溶液の中を舞った。たっぷりと血を吸ったのか、小豆みたいなやつもいた。