安倍晋三元首相が凶弾に倒れた。ご冥福を心からお祈りする。筆者が安倍氏の政治家人生を見てきて得た教訓は、「努力によって人は強くなれる」だ。「3世議員」であり、戦後最年少で権力の頂点に立った政治エリートの安倍氏。しかし、どん底からはい上がり、人知れず相当の努力を積み重ねていた側面も持つのだ。(イトモス研究所所長 小倉健一)
安倍晋三元首相が銃撃され死去
卑劣極まる蛮行に倒れる
史上最長の長期政権を築いた自民党の安倍晋三元首相が7月8日、奈良市で元海上自衛官とされる男に銃撃され死亡した。民主主義の根幹である選挙の応援演説中を狙った「テロ」であり、卑劣極まる蛮行は決して許されない。犯行に及んだ男への最大限の非難とともに、安倍氏のご冥福を心からお祈りする。国の将来を憂う人々には「安倍ロス」が広がる。
安倍氏といえば、2012年末から8年余りに及んだ第2次政権以降の印象が強いかもしれない。しかし、私は06年に発足した第1次安倍政権の方が強く印象に残っている。
その理由は「美しい国づくり内閣」とのネーミング通り、教育基本法改正や防衛省設置法など保守色を鮮明にした内閣だったからだ。それまでの政権は「改革」を異口同音に打ち出すものの、国柄にまで踏み込むものは少なかった。
しかし、当時52歳という若さで権力の頂点に上り詰め、新しい国家像を掲げた戦後最年少の宰相は新鮮だった。「戦後レジームからの脱却」を目指すという姿勢にも強烈なインパクトを感じた。新しい時代の幕開けを期待した人々は少なくなかったであろう。
安倍氏の前任である小泉純一郎元首相が国民的人気のある「スター」だったとすれば、安倍氏は熱烈なファンを抱える「教祖」だったのではないか。
国家安全保障会議(日本版NSC)設置や公務員制度改革など、日本に足りなかった改革に対して矢継ぎ早に挑み、悲願とする憲法改正に向けた動きも活発化させた。近年、多くの人々が「この国は変わる」と政治の勢いを感じたのはこの時ではないだろうか。