全世界で700万人に読まれたロングセラーシリーズの『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からの世界史』(ワークマンパブリッシング著/千葉 敏生訳)がダイヤモンド社から翻訳出版され、好評を博している。本村凌二氏(東京大学名誉教授)からも「人間が経験できるのはせいぜい100年ぐらい。でも、人類の文明史には5000年の経験がつまっている。わかりやすい世界史の学習は、読者の幸運である」と絶賛されている。
その人気の理由は、カラフルで可愛いイラストで世界史の流れがつかめること。それに加えて、世界史のキーパーソンがきちんと押さえられていることも、大きな特徴となる。そこで本書で登場する歴史人物のなかから、とりわけユニークな存在をピックアップ。一人ずつ解説していきたい。まずは、ルネサンス文化を支えた大富豪コジモ・デ・メディチに登場してもらおう。ほかの金持ち連中とは一線を画する、コジモの卓越したパトロンぶりとは、どんなものだったのだろうか私たちは、世界史から何をどのように学ぶべきなのだろうか。著述家・偉人研究家の真山知幸氏に寄稿していただいた。

【大富豪の世界史】ルネサンス文化を育てた「メディチ家」のスゴい「お金の使い方」とは?Photo: Adobe Stock

今さら聞けない「ルネサンス文化」とは?

「今さらこんなこと聞きづらいな……」

 世界史を勉強するビジネスパーソンや学生ならば、一度はそんな基礎用語にぶつかることだろう。『アメリカの中学生が学んでいる 14歳からの世界史』では、わかったつもりで実はよくわかっていなかった世界史の用語も、わかりやすく解説されているため、学び直しにはぴったりである。

 例えば、14世紀にヨーロッパで花開いたルネサンス文化とは何か。それは、中産階級が増加したことで、イタリアからこんな考え方が広がったために、生み出された。

「人間は偉大な物事を成し遂げられる、かけがえのない存在である」

 人間はもっと個性を大切にして、自由な生き方を求めるべきじゃないかというわけだ。そのために、古代ギリシャ・ローマ文化の再生が図られることになった。それが「ルネサンス」(renaissance、再生)である。

大富豪たちのパトロン活動

 いわば、ルネサンスの文化の担い手たちは、人類の偉業を達成すべく、芸術に打ち込んだともいえるだろう。その活動を支えたのが、メディチ家を始めとした「パトロン」と呼ばれる富豪たちである。

 メディチ家とは、ルネサンス期に、東方貿易と金融業で台頭したフィレンツェの名家だ。そのなかでも芸術家の支援を積極的に行い、「祖国の父」と呼ばれたのが、コジモ・デ・メディチである。

【大富豪の世界史】ルネサンス文化を育てた「メディチ家」のスゴい「お金の使い方」とは?コジモ・デ・メディチ
アメリカの中学生が学んでいる 14歳からの世界史』より。

莫大な利益をあげた経営手腕

 コジモは31歳のときに父から銀行経営を引き継ぐと、海外進出など巧みに支店を拡大させ、メディチ銀行を大躍進させることに成功。さらに、高級原料や高級衣料など様々な輸出品を手がけて、莫大な利益を手にしている。

 それだけではない。コジモはフィレンチェ共和国の政治家として、内政のみならず、外交政策にも関与。メディチ家によるフィレンツェ支配を確立させた。

 そんな実業界と政界で存在感を発揮したコジモには、もう一つの顔があった。それは、学問や芸術に多大な支援を行う「学芸パトロン」としてのコジモである。

学問や芸術への文化支援

 例えば、建築物だけをみても、コジモはサン・マルコ修道院の再建事業に4万フィリオーノ(約48億円程度)のコストを負担している。また、父の代で資金難から行き詰まっていた、サン・ロレンツォ聖堂の工事を再開。6万フィオリーノ(約72億円程度)を支援した。

 そのほか2つの宗教建築をあわせると、コジモは全部で約18万フィリオーノ(約216億円)ほどの費用を負担している。これでも、コジモが行った支援のごく一部だというから、開いた口がふさがらないとはこのことだろう。

200億円の支援よりもスゴかったこと

 しかし、コジモの芸術への支援活動で注目すべき点は、負担した金額の多さではない。コジモは、ただ莫大な富をつぎ込むのではなく、「いかに有効に使うか」にいつでも重点を置いていた。

 後世への財産とすべく、コジモが押さえていた2つの重要なポイントについて、解説していこう。

ポイント(1) 人材の育成に資金を投じた

 コジモは芸術や学問に資金援助をしながら、人材育成のためのサポートも積極的に行った。その代表例が、人文主義者が集まる私的サークル「プラトンアカデミー」である。古代ギリシャで哲学者プラトンによって開設された「アカデメイア」にならって、コジモが構想したものだ。

「プラトンアカデミー」の中心人物として、コジモは侍医の息子だったマルシリオ・フィチーノに着目。フィチーノのために家を市内に用意して、生活費の面倒まで見ている。さらにギリシャ語、ラテン語習得のための環境まで整備したというから、強烈なバックアップである。

 そんなサポートの甲斐があって、フィチーノはプラトンの全著作のラテン語訳に着手し、プラトン学者として大成することになる。ほかにも、コジモは芽があると思う学者には、住まいを提供したり、大学で雇い入れたりした。

後藤新平の名言

「金を残して死ぬ者は下だ。仕事を残して死ぬ者は中だ。人を残して死ぬ者は上だ」

 そう言ったのは、東京の礎を築き「ミスター・インフラ」の異名をとった政治家の後藤新平である。人材の育成がいかに重要で、かつ手間と労力がかかることなのか。この言葉は端的に示している。

 まさにコジモは「人を残す」ために資金を投じ、未来を担う学者を粘り強く育て上げたのである。

ポイント(2) 支援する事業に精通していた

 また、コジモはただパトロンとして芸術家たちを支援したわけではなく、その価値を十分に理解したうえで、さまざまなリクエストも行っている。

 というのも、コジモが学生時代に打ち込んだのは、金融業とは全く関係のない人文学の研究だった。さらに、建築、音楽、彫刻などにも造詣が深く、多方面に精通した知識人としての顔も持っていた。

 コジモが多額の資金を使い、翻訳者や文献学者など人文学の研究者をサポートしたのは、そんな自身のバックグラウンドがあったからだった。

 そのため、コジモの場合は、自らの知識によるアドバイスもパトロン活動に含まれていた。

 サン・ロレンツォ聖堂の工事にあたっても、コジモが聖堂に図書館の増設を要望。コジモの死後、ルネサンスを代表する彫刻家・建築家ミケランジェロが設計を担当して実現させている。

ミケランジェロやラファエロも育成

 ただ、お金を出すわけではなく、支援する事業の価値を理解したうえで、資金援助を行い、さらに人材育成にも労を惜しまない――。

 財産を最も有効に使う方法をコジモは考え抜いて、生涯にわたって実践し続けた。

 コジモが行った芸術支援は、自身が75歳で死去したのちも、長男のピエロ、さらに孫のロレンツォへと引き継がれていく。ミケランジェロが大芸術家として大成し、「アテナイの学堂」などの作品で知られる画家のラファエロもまた、ロレンツォの庇護で育てられている。

 コジモ・デ・メディチからメディチ家の代々にわたって、行われた芸術家や知識人へのパトロン活動。それはルネサンス文化を大きく開花させ、世界史にも大きな影響を与えることとなった。

【参考文献】
森田義之『メディチ家』(講談社)
西藤洋『神からの借財人 コジモ・デ・メディチ: 十五世紀フィレンツェにおける一事業家の成功と罪』(法政大学出版局)
高階秀爾『ルネッサンス夜話 近代の黎明に生きた人びと』(平凡社)
『世界を創った人びと〈10〉ロレンツォ・デ・メディチ』(清水廣一郎編訳/平凡社)
根占献一『ロレンツォ・デ・メディチールネサンス期フィレンツェ社会における個人の形成』(南窓社)