米国のナンシー・ペロシ下院議長が台湾を訪れ、世界中で議論を呼んでいる。経済危機を避けるため、米中が対話の可能性を模索しつつあった中、その努力を無に帰したからだ。中国はペロシ議長の訪台を受けて大規模な軍事演習を実施し、台湾だけでなく米国を挑発している。このことは、もし今後の世界で「新冷戦」があるならば、その主戦場が「北東アジア」であることを明示したといえる。冷戦といえば、ウクライナ戦争の渦中にあるロシアを想起し、意外に思う読者がいるかもしれないが、ロシアの脅威はもはや幻想にすぎない。そういえる要因を詳しく解説する。(立命館大学政策科学部教授 上久保誠人)
米ペロシ議長の訪台を受け
中国が大規模軍事演習に走ったワケ
米国のナンシー・ペロシ下院議長が8月2日夜に台湾を訪れて、蔡英文台湾総統と会談した。ペロシ議長は会談で、世界的に「民主主義VS権威主義」の対立構造が鮮明になっていると指摘し、「米国は揺るぎない決意で台湾と世界の民主主義を守る」と強調した。
また、ペロシ議長は今回、中国民主化運動の元学生リーダー、ウアルカイシ氏ら人権・民主運動関係者と会談したという。加えて、半導体受託生産世界最大手・台湾積体電路製造(TSMC)の劉徳音会長とも会談したと報じられている。
だが中国は、ペロシ議長の訪台に強く反発した。中国軍は、台湾周辺で実弾射撃を伴う大規模な軍事演習を行い、台湾北方、東方、南方の各海域に向けて弾道ミサイル「東風」を11発発射した。重要なことは、史上初めて、日本の排他的経済水域(EEZ)内に5発、中国軍のミサイルが着弾したことだ。
ペロシ議長の訪台を受け、中国が強気な態度を取った要因については、専門家の間でさまざまな見方がある。
その一つは、「習近平国家主席がペロシ議長の訪台を許したことについての、国民からの批判を抑えたかったのではないか」というものだ。
というのも、2022年は中国と習主席にとって重要な時期である。8月1日は中国人民解放軍の「建軍95周年記念日」だった。8月には他にも、長老らの意見を聞いて共産党の方針を決める「北戴河会議」がある。また、22年秋には5年に一度の党大会を控えている。
重要な会議や式典が相次ぐ時期に、国内で弱腰の姿勢を見せられなかったというのだ。