日本企業に対する投資家の企業価値評価が低い。主因は説明不足にある。外国企業との差を端的に示すのがPBR(株価純資産倍率)。会計上の簿価に対してどれだけ付加価値を創出しているか、を市場が判断する指標だ。人材など非財務資本の活用と同時に、それをきちんと伝えて市場に評価されることが求められる。今、注目のESGはその象徴と言える。ESGと企業価値をつなぐ方法論「柳モデル」を製薬大手のエーザイでCFOとして確立した柳良平氏が、その理論と実践法を全10回の連載で提示する。
第5回目は、「柳モデル」の重回帰分析を、エーザイの事例で解説する。
「柳モデル」の証明
柳(2022)において、2022年に行った世界の投資家サーベイ※1 では、「日本企業の非財務資本(ESG:環境・社会・統治)の価値とバリュエーション(PBR:株価純資産倍率)の長期的関係についてはどう考えるか?」という質問に対して、28%の投資家が「ESGの価値を100%、PBRつまり企業価値評価に算入すべき」と回答している。「ESGの価値の相当部分をPBRに織り込む」比率も、46%であった。
さらに、「日本企業のESG(非財務資本)および統合報告書によるその開示についてはどう考えるか?」という問いに対し、86%の投資家が「日本企業はESGと企業価値(PBR)の価値関連性を説明してほしい」と要望している。
筆者は、こうした調査を15年間続けてきた。
そして、その結果をもとに、「ESGの見えざる価値を企業価値につなげる方法」(柳 2021a)として、筆者は「柳モデル」(柳 2021b)(Yanagi 2018)を、世界へ向けて発信してきた。
柳モデルは、PBR 1倍超の部分の市場付加価値(MVA)に、ESGの価値や旧IIRCの定義(IIRC 2013)する5つの非財務資本が反映されて「自己創設のれん」となり、その部分は将来のエクイティ・スプレッド(ROEー株主資本コスト)の関数でもあり、現在の非財務資本が将来の財務資本になるという仮説である。
つまり、渋沢栄一の「論語と算盤」、言い換えれば、社会的価値と経済的価値の両立であり、ESGと企業価値をつなぐ概念フレームワークである。
特に、その中核をなす「IIRC-PBRモデル」(柳 2021b)は、ESG(非財務資本)がPBRと正の相関を持つことを仮定している(PBR仮説)。
【IIRC-PBRモデル】
株主価値=長期的な時価総額=株主資本簿価(BV)+市場付加価値(MVA)
株主資本簿価(BV)=PBR 1倍以内の部分=「財務資本」
市場付加価値(MVA)=PBR 1倍超の部分=非財務資本関連(インタンジブルズ)
=「知的資本」+「人的資本」+「製造資本」+「社会・関係資本」+「自然資本」
(=遅延して将来の「財務資本」に転換されるもの=自己創設のれん)
そして、柳モデルは、狭義の概念フレームワークだけに矮小化されるものではない。広義では、「モデル、実証、開示、対話」の4つのトータルパッケージで、世界の投資家を説得していく「ESGの見えざる価値を企業価値につなげる方法」である。
では、まずそのエビデンスとして必要になる「ESGの定量化」、つまり実証研究で、柳モデルを証明することができるのだろうか。
連載5回目の今回は、当時エーザイCFOとしての筆者が、アビームコンサルティングの協力を得て実施した、エーザイのESG経営と企業価値にかかるケース研究(柳 2021b)を紹介する。