TVやネットではしばしば、自然保護の現場での、動物の絶滅を防ぐためのさまざまな活動がニュースとして取り上げられる。
しかし、絶滅種を人間の技術で蘇らせたり、絶滅しそうな動物を保護して繁殖させたりするのは、本当に「正しい」行為なのだろうか? そんな問いに正面から切り込んだのが、米国のジャーナリスト、M・R・オコナーの著書『絶滅できない動物たち』だ。
本書は、「絶滅を防ぐことは『善』なのか?」という倫理的な問題に焦点を当てた異色のノンフィクションで、Twitterでもたびたび話題を呼んでいる。本稿では、本書の内容の一部を抜粋・編集し、200年以上も生きる個体がいる「長寿動物」をとり上げる。(構成/根本隼)

200年以上も生きる「びっくりするほど長寿な動物」の正体とは?Photo:Adobe Stock

生物の進化を人間が予測するのは極めて難しい

 保存しようとする種の進化を、どうすれば人間が意図的に誘導できるのか。そのことを考えると、ある生きものが誕生するに至った複雑で有機的なプロセスと、その生きものの遺伝子、行動、環境の関係を、わたしたちがいかに理解していないかが露呈する。

 ここに人為的な気候変動という変数が加わると、もうお手上げだ。気候変動はこれまでも進化の強力な原動力だったが、現在の進化のスピードとそれが種に及ぼす影響を予測するのは難しい。

 こうした変化が個体群のプラスになる場合もあるが、すぐに進化できない種は絶滅への道をまっしぐら、ということになりかねない。

多くのクジラは驚くほど長生きする

 海洋生物のなかでも希少さにかけては有数の海洋哺乳類に、タイセイヨウセミクジラという生きものがいる。この生きものは、過去500万年でゆっくりと進化してきたように見える。また、見ようによっては、ほとんど進化してこなかったようにも思える。

 この巨大な種に気候変動がどのように影響を与えているのか、科学者は競って解明しようとしている。この調査が難しいのは、たいていのクジラはびっくりするほど長命だからだ。

 2007年、生物学者は推定年齢130歳のホッキョククジラを発見した。その皮膚に残っている銛の痕は1880年についたものだった。ホッキョククジラには、200歳超の個体もいるらしい

生態を探ろうにも、そもそも見つけるのが至難の業

 クジラの子どもの大半は、調査している人間よりもまず間違いなく長生きする。海を泳ぐクジラに衛星発信機をつけて追跡するのもできなくはないが、数週間、長くても数か月で発信機の大半は落ちるか、使用不能な状態になる。

 クジラの長い生涯の一端をひとめ見ようとする科学者は、その生態のカギを探るのに、そのクジラと同じときに同じところにいなければならない。タイセイヨウセミクジラの場合、その場所の見当をつけるだけでも至難の業だ。

タイヨウセミクジラが人間に教えてくれること

 タイセイヨウセミクジラをめぐる謎の最たるものは、科学者をまごつかせる行動をとり、最善の保護方法をわからなくしていることだ。それは数年おきに起こることで、直近では2013年だった。

 毎年、夏になると、タイセイヨウセミクジラはカナダのノヴァスコシア州とアメリカのメイン州近くのファンディ湾に餌をとりに数百頭単位でやって来るのだが、その年に姿を見せたのはわずか6頭だった。

 体長は6階建ての建物に匹敵し、体重は70トンというこの生きものが、海のどこかに消えてしまった。タイヨウセミクジラのゆくえについて、セミクジラ専門のある生物学者とその仲間に聞いても、「皆目わからない」と言う。

 タイヨウセミクジラについて知識が深まると、この種はわたしたちが忘れがちなことを思いださせる効果抜群の存在のように思えてきた。グーグルマップ、マイクロチップ、技術絶対主義のこのご時世に、地球には大きくて複雑なもの――海、気候、クジラ――がまだ残っている

 これらのものの前では、わたしたちの理解などちっぽけなことだ。ましてや、よくも悪くもそれらをコントロールするわたしたちの力など言うに及ばず、だ。

(本稿は、『絶滅できない動物たち』より一部を抜粋・編集したものです)