TVやネットで動物の絶滅に関するニュースを目にすると、「守ってあげたい」と本能的に感じる人は多いだろう。実際、自然保護の現場では、動物の絶滅を防ごうとさまざまな取り組みが行われている。
しかし、絶滅種を人間の技術で蘇らせたり、絶滅しそうな動物を保護して繁殖させたりするのは、本当に「正しい」行為なのだろうか? そんな問いに正面から切り込んだのが、米国のジャーナリスト、M・R・オコナーの著書『絶滅できない動物たち』だ。
本書は、「絶滅を防ぐことは『善』なのか?」という倫理的な問題に焦点を当てた異色のノンフィクションで、Twitterでもたびたび話題を呼んでいる。本稿では、本書の内容の一部を抜粋・編集し、動物の保護に貢献する「ものすごい冷凍庫」を詳しく解説する。(構成/根本隼)

【マイナス160℃】生きものを絶滅から守る「すごい冷凍庫」とは?Photo:Adobe Stock

生物の組織サンプルをマイナス160度で保存

 ノアは箱舟をつくって世界の生態系を救った。現代において、世界の生態系を救いたい場合は、科学者が冷凍庫をつくる

 アメリカ自然史博物館の地下で、わたしはジュリー・ファインスタインと待ちあわせた。「アンブローズ・モネル冷凍コレクション」という彼女の研究室の前だ。

 ファインスタインの研究室は、アメリカ自然史博物館の知られざる驚異のひとつだ。世界最大級の凍結組織サンプルのコレクションを有するこの研究室は、77丁目とコロンバス・アヴェニューの交差点そばに立つチャイルズ・フリック棟の西端の狭い地下に閉じこめられている。

 そこに行く途中に、先端が尖った15cmほどの金属がついた高さ約2.5mのフェンスで周りを囲まれた、1万1360リットルの液体窒素タンクがある。このタンクは研究室内部のステンレスの大桶に窒素を供給している。

 大桶には、世界各地から収集したクジラ、鳥をはじめとする8万7000件の組織サンプルが、マイナス160度で凍結した状態で保存されている

値段がつけられないほど貴重なサンプルの数々

 ブルージーンズにピンクのボタンダウンシャツというカジュアルな格好のファインスタインは、整理整頓されたオフィスで、わたしと一緒に腰を下ろし、自分の研究とアメリカ自然史博物館の冷凍コレクションについて話してくれた。

「かなりの数が、値がつかないくらいかけがえのない標本なの。政治的に収集が難しい土地のものもある。それらを入手するために世界各国を旅するのはタダというわけにはいかないでしょう。それに、どれも科学のために死んでくれた生物なので、ある意味、本当に値段がつけられないくらい貴重ね」

 組織サンプルを凍結するのは簡単な作業ではない。少なくとも後世のためにDNAを壊さないように凍結するのは。「組織を保存するのは大変。エントロピーと無秩序が横溢しているから。冷たいから取り扱いにも苦労するし。それに、ここに来る前は信頼ならないひどい方法で保管されていたのよね」

冷凍コレクションの収容能力は数百万件

 2001年にスタートして以来、「アンブローズ・モネル冷凍コレクション」には毎年1万件前後のサンプルが追加されている。このコレクションの収容能力は数百万件、人間以外のあらゆる生命体がコレクションの対象だ。

 標本の多くは、きわめて貴重だ。どれも世界の果てとも言える土地で収集された。絶滅のおそれがあるカリフォルニア州チャンネル諸島のシマハイイロギツネ、南太平洋の島国バヌアツのオウムガイ、アリゾナ州のフアチューカ山脈のヒョウガエルもサンプルが収められている。

 ここでのファインスタインの仕事は、標本に関連づけられた膨大な量のデータをきちんと系統立たせ、それぞれ正しく分類し、世界各国の専門家から研究用にと要請があったときにいつでも供せるようにしておくことだ。

「これは世界規模で本当に重要な使命を帯びた仕事なの」とファインスタイン。「日々地球を救っているんだから」

(本稿は、『絶滅できない動物たち』より一部を抜粋・編集したものです)