「外資系企業で活躍したエリートで、ユニバーサル・スタジオ・ジャパン(USJ)再建の立役者としても知られる著者が、こんなに苦労した経験もあったなんて知らなかった」「キャリアや仕事に対する見方が変わった!」「覚悟を決めたくなる1冊」「若いときに読みたかった」といった読者の声が続々と挙がっている書籍『苦しかったときの話をしようか ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』。この本がどのようにできあがったのか、著者・森岡毅さんとのやりとりや発売後の反響などもふくめて、担当編集者・亀井史夫さん(ダイヤモンド社)に聞きました。(構成:書籍オンライン編集部)
デビュー以来の付き合い
――亀井さんが企画・編集した書籍『苦しかったときの話をしようか』は電子版を含め18刷31万5000部のベストセラーですが、どのようなきっかけでスタートした企画なのですか?
亀井史夫(以下、亀井) 話せば長くなりますが、著者の森岡毅さんとは、ビジネス書作家としてデビューされて以来の付き合いです。前職で『USJのジェットコースターはなぜ後ろ向きに走ったのか?』『USJを劇的に変えた、たった1つの考え方』『確率思考の戦略論』を編集し、いずれもベストセラーになっていました。
そんなとき、僕の移籍話が持ち上がったんです。迷いは全然なかったんですが、1人だけ話を聞いておきたい人がいました。それが森岡さんです。
大阪まで会いに行って、「実は転職を考えてまして……」という話をすると、最初はびっくりされたようですが、すぐにこう言ってくださいました。
「私は会社と仕事をしてきたわけじゃない。亀井さんと仕事をしてきたんだ。亀井さんがどこへ行こうと、そこで書かせていただきますよ」
編集者として生きてきて、こんなに嬉しかった言葉はありません。編集者冥利に尽きますよね。
――本当ですね。信頼関係があった証拠です。
亀井 もし「それはお疲れ様でした。次の担当の方を紹介してください」とサラリと言われていたら、転職を思いとどまっていたかもしれません。だから本当に森岡さんは、僕の人生の恩人なんです。
――亀井さんにとって、それだけ得難い著者さんでもあったということですよね。
娘へのキャリアの虎の巻
書籍編集者(ダイヤモンド社書籍編集局第四編集部所属)
テニス雑誌の編集者として伊達公子を追いかけたり、スポーツ雑誌の編集で培った人脈で書籍編集者になってからオシムや川島永嗣の本を作ったりした後、2018年ダイヤモンド社とプロ契約。主な担当書は『苦しかったときの話をしようか』『教養としての投資』『心をつかむ超言葉術』など。阪神ファンで、多くのタイガース関連本も過去に出版してきた。
――では、そのとき再び本を書いていただくお話になっていたんですね。
亀井 そんなこんなで「何かを書いてもらう」約束はあったんですが、テーマは決まっていませんでした
どうしましょうかと打ち合わせをしているとき、森岡さんがたまたま見せてくれたのが「娘へのキャリアの虎の巻」のようなものでした。森岡さん自身も独立されたばかりで、いろいろと働くことについて考えていた時期だったようです。またちょうど娘さんが大学生ということで、キャリアについてあれこれ考えるところがあったようです。
「プライベートなものなので、外に出す気はないんですけどね」と渋々見せてくれたんですが、それを読み始めた僕はあっという間に心を掴まれました。どんどん引き込まれて、最後には号泣していたんです。
気がついたら「これは絶対に世に出すべき作品です!」と興奮して叫んでいました。
――親が子へ伝える本といえば、城山三郎さん著『ビジネスマンの父より息子への30通の手紙』をはじめいろいろありますが、森岡さんはご自身の経験を娘さんのために書かれていたんですね!
亀井 そうです。想いを込めて書かれたものですし、今回に限らず、森岡さんの原稿に手を加えるときはいつも命懸けです。本質からずれてしまう修正をしたら必ず「これはどういうことですか!」と鋭い指摘が飛んできますからね。
奇跡的な幸運で生まれたタイトル
――『苦しかったときの話をしようか』はすごく感情に訴えかける書籍タイトルですが、企画当初から決まっていたのでしょうか。
亀井 この本で一番大変だったのが、実はタイトルでした。
この作品について編集部内でプレゼンしたとき、僕は「第5章 苦しかったときの話をしようか」がベラボーに素晴らしいんです、号泣します! と説明しました。すると、「だったら第5章のタイトルをそのまま本のタイトルにした方がいいんじゃないか」という意見が出たのです。
それはいいアイデアだと思いましたが、森岡さんは反対するだろうな、とも思いました。森岡さんは論理的な思考をする人です。感覚的な意見は好まない傾向があります。しかも、この本はキャリアについてのノウハウがメインで、第5章の感動的なエピソードは偶然生まれた「奇跡」みたいなものだったのです。
書籍タイトルを巡る攻防
――森岡さんに提案されてみると……どんな反応でしたか。
亀井 案の定、森岡さんから恐ろしく猛反対されました。そもそも森岡さん自身はこの本のテーマを「キャリアの本質」と考えており、タイトルもそれに近いストレートなものを望まれていたのです。
それなりに経験がある編集者だったら、「キャリアの本質」みたいなタイトルでは売れないだろうということは感覚的にわかります。しかし、そのことを論理的に説明しなくてはなりません。
ない知恵を振り絞って、積み木を恐る恐る積み上げるみたいに、論理的に構築した長い長ーーいメールを書きました。ざっくり言うと、こんなことを書いたと思います。
・「キャリア」というワードは「マーケティング」以上に弱い。何より就活生がメインターゲットだとタイトルからわかってしまうと、購買層を狭めてしまう。就活生は年間100万人くらいしかいない。出版界には「1%理論」を唱える人もいて、あるテーマに興味のある人の1%しか本を買わないと言われている。その理論で行けば1万部の市場だ。
・「感動」は大きな推進力になる。大人から子どもまで、人は感動に飢えている。「情熱大陸」や「プロフェッショナル」は、必ずフックとして主人公が挫折した話とか、苦悩する様子をフィーチャーする。何ヵ月もテレビクルーが主役を追っかけ回すのは、「苦悩する顔」を撮りたいからだ。成功の連続の主人公より、困難にぶつかって苦悩する主人公を、大衆は見たい。「苦労した話」は大衆が望んでいる。だからこのタイトルは売れそうだ、と多くの編集者や営業部員たちは感じている。
――編集者の経験則に縛られすぎてもいけないでしょうが、非常に理にかなった説明に聞こえます。森岡さんからのお返事はどうでしたか……?
亀井 ドキドキして待っていると、森岡さんから「ようやく腹落ちしました。亀井さんの案に乗りましょう」という返事がきました。
ここが森岡さんの凄いところです。自分とは違う意見でも、論理的に納得できれば乗ってくれるのです。