ダイヤモンド社より『苦しかったときの話をしようか ビジネスマンの父が我が子のために書きためた「働くことの本質」』が刊行されたことを記念して、紀伊國屋書店梅田本店主催で森岡毅氏のトークイベントが開催された。
USJ(ユニバーサル・スタジオ・ジャパン)をV字回復させたことで知られる稀代のマーケター・森岡毅氏は、現在は株式会社 刀を立ち上げ、様々な企業の再生に取り組んでいる。多忙を極める森岡氏が書店主催のイベントに登壇することは極めて稀なのだが、今回は紀伊國屋書店梅田本店の百々典孝次長のラブコールで実現した。百々次長は、森岡氏の書籍デビュー以来、積極的に応援し、「日本で最も森岡毅の本を売った男」として知られる仕掛け人である。今回の『苦しかったときの話をしようか』も、日本中の書店の中で紀伊國屋書店梅田本店が最も多く売っているという。
120名の定員が瞬く間に埋まったという今回のイベントを2回に分けてレポートする。
(撮影/水野真澄)
本を書くようになって
わかった「主観の罠」
本を書くようになって、わかったことがあります。それまでの私の仕事は、クリエイターが出してきた案に対し、瞬間でイエス/ノーを突きつけるような役割でした。クリエイターにとって思い入れの強い案にいつまでも引っ張られると、時間が無駄になってしまうことがあるからです。
でも自分が原稿を書くようになると、その作品は自分の分身のようになってしまう。客観的に見られなくなるんですね。「主観の罠」に陥るんです。自分の思い入れが強ければ強いほど、自分は世界一客観性がなくなってしまう。それに気が付かないと、大きな失敗をしてしまうことがあります。
これまでの自分の仕事を振り返ってみても、思い当たることがあります。若いころの私は、自分のアイデアが通らないのはおかしいと思っていました。自分ほどこのアイデアについて深く考えている人間はいないのだから、自分が正しいに決まっていると思っていました。自分以外の意見はまったく受け付けませんでした。でも思い入れが強すぎる案件には、盲点があるのです。何度も痛い目にあって、だんだんそれがわかってきました。ビジネスマンは自分の仕事に情熱を傾ける一方で、それを冷徹に見つめる目も必要です。それが本を書くようになって気づいたことです。
だから私には数学が必要だったともいえます。私がセンスに優れたマーケターだったら数学は必要なかったかもしれない。自分の暴れる感情を縛る道具として、数学は必要だったのです。
そのほかにも私には苦手なことがたくさんあります。私にはできないことがいっぱいあるということです。だから得意なことを見つけて、磨き上げていく必要があった。
自分の弱点を認めて自分に向き合ったときに、身についたことが2つあります。ひとつは、弱点を補うために自分の得意なことにこだわること、そして勝ち筋をみつけること、自分の得意なことを活かして生きていくぞという覚悟です。
もうひとつは、長所でも補えないどうしようもない部分を人に埋めてもらうこと。そんな周りの人へのリスペクトです。自分の周りに弱点を埋めてくれる人がいることへの感謝です。ビジネスにおいて、一人でできることなんてほとんどありません。USJで私がやったことだって、一人でできたことは何ひとつありません。
私が得意なことは、戦う前に勝てる方法を考えて、勝てる道具をそろえ、みんなをそこへ連れて行くことです。それ以外に苦手なことはいっぱいあります。
みなさんも、これだけは誰にも負けないと思うことがあるなら、それは素晴らしいことです。それで生きていってください。