頭のいい人は、「遅く考える」。遅く考える人は、自身の思考そのものに注意を払い、丁寧に思考を進めている。間違える可能性を減らし、より良いアイデアを生む想像力や、創造性を発揮できるのだ。この、意識的にゆっくり考えることを「遅考」(ちこう)と呼び、それを使いこなす方法を紹介する『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』が発刊された。
この本では、52の問題と対話形式で思考力を鍛えなおし、じっくり深く考えるための「考える型」が身につけられる。「深くじっくり考えられない」「いつまでも、同じことばかり考え続けてしまう」という悩みを解決するために生まれた本書。この連載では、その内容の一部や、著者の植原亮氏の書き下ろし記事を紹介します。
特番と優勝にまつわるジンクス
学生が教えてくれたプロ野球のジンクスがある。
シーズンはじめに阪神タイガースの成績が好調だと、関西では、しばしばテレビで「今年こそ、優勝するのでは!?」といった特集番組が組まれる。
だが、そうしてテレビで特集された年は優勝を逃してしまう、というのである。
テレビで特集されると、それが原因でその後の成績が落ち込んでしまうのだろうか? もしそうなら、「下手にテレビで取り上げられたりなんてするもんじゃないね」という話にもなりかねない。
なるほど、テレビの特集番組で「このままいけば、今年こそ優勝だ!」なんて雰囲気で取り上げられると、気が緩んでしまうのかもしれない。そのせいで、それまでせっかく緊張感をもって戦っていたのに、番組のあとはみるみる負けが重なっていく。
結果的に今年も優勝からどんどん遠ざかり、気づけばいつの間にか最下位……。こんなストーリーがただちに頭の中に思い浮かんだ、という人も少なくないだろう。
このジンクスは本当か?
こうしたストーリーが本当に正しいかはまだわからないので、「仮説」と呼んでおこう。
実は、私たちの頭は、いわば「仮説生成マシン」だ。
何らかのできごとが起こると、それについての仮説をほとんど自動的に――まるで機械のように――どんどん生み出してしまう。
とくに、原因と結果の関係、つまり「因果関係」が関わってくると、本人が意識的に考えなくても、それらしい仮説が勝手に思いつくことになる。
ここでのジンクスについては、次のような因果関係が捉えられている。
シーズンの最初は好調なのに優勝を逃す(それどころか最下位まで転落してしまう)という結果になるのは、テレビの特集で取り上げられる(そして気が緩んでしまう)ことが原因である、と。
けれども、そうした仮説がいつも正しいとは限らない。実際、このジンクスは、もっと地味な仮説で説明がつきそうだ。
それは「基礎比率」と「平均への回帰」にもとづく仮説である。
基礎比率とは、「もともとの割合」
「基礎比率」は、「基準率」ともいい、おおまかには「もともとの割合」のことだと思ってもらえればよい。この基礎比率と、あとで説明する「平均への回帰」のことをうっかり考えそびれると、まちがった仮説を立ててしまうことが少なくない。
ここでのジンクスでは、阪神タイガースがこれまでどれくらいの割合で優勝してきたかが、おおむね基礎比率に対応する。
阪神の1950年から昨年まで(72シーズン)の優勝経験は5回である。(※)
この5/72という基礎比率を見れば、優勝しない方がふつうだといえる。毎年チームが少し編成し直されるとはいえ、本来の実力はそのくらいなのだ。
もっとも、シーズン開始当初は、たまたま勝率が高いこともあるだろう。そうした稀な状況では「今季こそ優勝か?」と特番が組まれてしまったりする。
「平均への回帰」とは、本来の数字へ近づいていく現象
けれども、シーズンが進むにつれて、チームの成績は、徐々に本来の実力どおりの成績に落ち着いていくはずだ。
このように、最初は平均的なあり方から外れることがあっても、徐々に本来の数字の近くに落ち着いていく現象を「平均への回帰」と呼ぶ。
コインを5回だけ投げると、たまたま5回ともすべて表、ということはあるだろう。しかし、さらに何回も投げ続けていくと、表と裏が出る割合が1:1に近づいていくはずだ。これが平均への回帰である。
というわけで、テレビで特集されるかどうかによらず、阪神タイガースが優勝できないのは、ただ単に実力通りの結果、ということになる。
正しい考え方も身につけておこう
落ち着いて基礎比率や平均への回帰について考えれば、これは当然の結果だ。しかし、それに気づかないと、「テレビで特集番組が組まれる」といった目立ったできごとの方を原因だと見なしてしまいがちになる。
このように、ジンクスのような少し不思議なものでも、基礎比率や平均への回帰についてきちんと考えるだけで、明確に理解できるようになるのだ。
ジンクスをジンクスとして楽しむことに問題はないが、本当に信じ込んでしまわぬよう、正しく考える方法も身につけておきたい。
まずは基礎比率を確認するように心がけよう。合わせて、平均への回帰という現象も意識するようにしよう。こうした習慣だけで、思考の質はぐっと向上するはずだ。
(本稿は、植原亮著『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための10のレッスン』著者植原亮氏の書き下ろし記事です)
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『遅考術』には、情報を正しく認識し、答えを出すために必要な「ゆっくり考える」技術がつまっています。ぜひチェックしてみてください。
1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。