頭のいい人は、「遅く考える」。遅く考える人は、自身の思考そのものに注意を払い、丁寧に思考を進めている。間違える可能性を減らし、より良いアイデアを生む想像力や、創造性を発揮できるのだ。この、意識的にゆっくり考えることを「遅考」(ちこう)と呼び、それを使いこなす方法を紹介する『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』が発刊された。
この本では、52の問題と対話形式で思考力を鍛えなおし、じっくり深く考えるための「考える型」が身につけられる。「深くじっくり考えられない」「いつまでも、同じことばかり考え続けてしまう」という悩みを解決するために生まれた本書。この連載では、その内容の一部や、著者の植原亮氏の書き下ろし記事を紹介します。

遅考術Photo: Adobe Stock

早とちりや勘違いが生まれるワケ

 人が問題や課題を目の前にしたとき、何か仮説みたいなものを勝手に思いついてしまうのは、そもそもなぜなのだろうか? そのせいで、早とちりや勘違いといった間違いを生んでしまっている場合も多いはずだ。

 しかし、これはとても大事な点で、私たち人間の頭がどう働くかということと密接に関係している。

 まず、思考には、大きく分けて、2つのプロセスがあるといわれている。自分で考えようとしなくても自動的に何か思いつくのは、そのうちの一つに当たる。このプロセスは「直観」と呼ばれる。

 もう一つが、この本で身につけようとしている遅く考えるプロセスで、こちらは「熟慮」だ。(※1)

 そしてこの2つの思考のプロセスは、人間の頭の中では別のシステムによって行われている。こうしたことを説明する枠組みが「二重プロセス理論」だ。これを大枠だけでも知っておくと、自分の思考がいまどうなっているかをチェックし、そこからうまく思考を進めるための足場として非常に役立つ。

二重プロセス理論とは?

 人間の頭には、2つのシステムがある。素早く自動的で、しかも無意識的に働く、直観的な思考プロセスを生み出す「システム1」と、遅くて意識的に努力しないと働いてくれない、熟慮的な思考プロセスを担当する「システム2」である。

 システム1における直観的な思考は、連想やパターン認識が得意である。パターン認識とは、目の前を横切る動物が犬と猫のどちらなのかを判別する場合のように、与えられた情報に潜むパターンを見つけ出し、そのパターンがどのカテゴリーに属するかを決定することだ。

 一方で、システム1は、方程式を解くときに必要になるような順序立てた計算や、いくつかの前提から論理的に結論を導き出すような推論は苦手である。そうした思考を行うには、システム2を働かせて熟慮する必要がある。

【9割の人が知らない】人間の脳に備わる2つの「考える仕組み」イラスト:ヤギワタル

「システム1」や「システム2」が覚えにくければ「直観」と「熟慮」のペアで覚えてもらえばいい。この二重プロセス理論は、いまも改良が進められつつ、認知心理学などで広く受け入れられている。「二重システム理論」や「二過程論」なんて呼び名もある。

 他には、行動経済学でも出てくる。ダニエル・カーネマンの『ファスト&スロー』(※2)が有名だ。大ざっぱに言うと、行動経済学とは、心理学の知見をベースにした経済学のことである。カーネマンはもともと心理学者だったが、行動経済学を確立したことでノーベル経済学賞を受賞した。

それぞれの特徴と注意点

 問題や課題を前に、パッと「コレが答えだ!」と思いつくのが、システム1の働きだ。以前の連載で述べた、人間の頭の「連想マシン」という側面のことである。

 問題文の条件を読むと、直ちに連想が始まる。結果として、条件を満たしそうな答え(仮説)がすぐさま自動的に出てきてしまう。ある意味で、非常に勤勉なのだ。

 けれど、最初に思いついた答えや仮説をいったん否定して「いや、それが答えではないのではないか」と意識的に考え出せたら、システム2をたたき起こして熟慮しはじめた、ということになる。

 ただし、熟慮の方は、消耗しやすい怠け者で、働かせるのがとっても大変。注意は限られた貴重な資源と言ってもいい。遅く考えるにはある程度頑張って努力する必要があるのだ。

 ゆえに、いつでもシステム2で熟慮し続けているわけではない。そればかりだと、疲れてしまう。直観だけだとうっかりミスは増えるが、たいていはうまくこなしてくれている。でないと混乱してばかりで、日常生活をスムーズに送ることさえできなくなってしまうのだ。

「オート」と「マニュアル」の思考を行き来する

 この点を比喩で説明し直してみよう。これらのシステムの区別は「オートモード」と「マニュアルモード」の違いになぞらえて捉えてもよい。

 普段は思考をオートモードに任せておけば、勝手にうまく進んでくれる。そのおかげで日常生活をスムーズに送ることができる。

 だけれど、ときどきそれでは対応できない状況に陥ることもある。直観がエラーを起こしやすい場面はどうしてもあるからだ。本書では、そうした場面をいろいろ取り上げていく。

 いわゆる「ひっかけ問題」は、わざとそうしたエラーが生じやすいように仕掛けてある、というわけなのだ。そういう状況だと、思考をマニュアルモードに切り替える必要がある。

 機械でも乗り物でも、マニュアルで動かすのは、とくに慣れないうちは意識的な努力が求められる。同様に、システム2を使っての熟慮はなかなか大変で、思考の訓練を積まなければならないのである。

※1 「熟考」と言ってもよいのだが、「熟慮」が専門用語として定着している(“deliberation”の定訳)。
※2 ダニエル・カーネマン『ファスト&スロー―あなたの意思はどのように決まるか?(上・下)』、村井章子訳、早川書房、ハヤカワNF文庫、2014年。

(本稿は、植原亮著『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための10のレッスン』を再構成したものです)

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遅考術』には、情報を正しく認識し、答えを出すために必要な「ゆっくり考える」技術がつまっています。ぜひチェックしてみてください。

植原 亮(うえはら・りょう)

1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。