日本企業に対する投資家の企業価値評価が低い。主因は説明不足にある。外国企業との差を端的に示すのがPBR(株価純資産倍率)。会計上の簿価に対してどれだけ付加価値を創出しているか、市場が判断する指標だ。人材など非財務資本の活用と同時に、それをきちんと伝えて市場に評価されることが求められる。今、注目のESGはその象徴といえる。ESGと企業価値をつなぐ方法論「柳モデル」を製薬大手のエーザイでCFOとして確立した柳良平氏が、その理論と実践法を全10回の連載で提示していく。連載第9回は、「熱帯病治療薬の無償配布のインパクト会計」について解説する。
エーザイによる
治療薬の無償提供
医薬品アクセス (ATM)は、国籍や経済格差、社会的地位を問わず、生きるために不可欠なものである。しかし、世界には、疾患に対する十分な知識もなく、必要な医薬品を入手することができない人々が約20億人いるといわれている。その多くは開発途上国・新興国の貧困層の人々である。
エーザイは、グローバルヘルスの一環として、開発途上国・新興国の方々に必要な医薬品を提供するために、ATM活動によるSDGs貢献に取り組んでいる。
2010年11月にエーザイは、世界保健機関(WHO)との間で、リンパ系フィラリア症(LF)治療薬 DEC錠(ジエチルカルバマジン錠)の無償提供に合意した。同年から開発をはじめ、2013年にWHOの事前認定を取得し、製造・供給している。
前年の2012年1月にエーザイは、世界製薬大手13社の一員として、WHOや米国・英国政府、世界銀行、ビル&メリンダ・ゲイツ財団などとともに、過去最大の国際官民パートナーシップを構築し、2020年までに「顧みられない熱帯病」(NTDs:Neglected Tropical Diseases)※1 疾患の制圧に向けて共闘していくという共同声明「ロンドン宣言」を発表した。
そして、2017年のロンドン宣言5周年記念イベントで、DEC錠を必要とするすべてのLF蔓延(まんえん)国において制圧が達成されるまで、2020年以降も継続提供することを発表している(2020年度末時点でWHOを通じてLF蔓延国28カ国に無償提供したDEC錠は20.2億錠)。
LFは、蚊を媒介として感染するNTDsの一つで、開発途上国を中心に世界で約8.93億人が感染のリスクにさらされている。WHOはLFの制圧に向け、LF蔓延国において治療薬の集団投与(MDA)を行っている。
エーザイは、MDAに用いられる3種類のLF治療薬のうち、DEC錠を無償で提供しているが、これを「長期投資」と位置付けている(エーザイ価値創造レポート2021)。