旧統一教会は人々を
どうやって引き付けたのか
旧統一教会をめぐって、多くの人が「マインド・コントロール」という言葉を無造作に使っている。
信者が自身の生活が破綻するまで多額の献金をし続けたり、協会の指示に従って選挙応援を献身的にしたりというのはマインド・コントロールで洗脳されているからでは、というわけだ。
元信者である私も取材をされて「どういうふうにマインド・コントロールは解けるのですか」と尋ねられたことがある。だがそういう機械のスイッチのオン・オフのような感じで聞かれても、答えようがなかった。
無論、「かつての自分」はマインド・コントロールされていた――従って「今の自分」とは違う――と考えて納得している人もいるかもしれないが、旧統一教会に限らず、新興宗教の元信者や正式に脱会していないけれど、教団と距離を置いている人の多くは、私のように感じているのではないか。
現役の信者であれば、侮辱されたと感じるだろう。
いったい一般の人が「マインド・コントロール」という曖昧な言葉でイメージしているものの実体は何か。