新刊『ぼくらは嘘でつながっている。』は、元NHKディレクターで作家の浅生鴨氏がこの世のあらゆる嘘を分類し、フェイクニュースから遅刻の言い訳まで、「嘘のしくみ」と「嘘との上手な付き合い方」を説く本です。本記事では、わたしたちが「文章の嘘」にどれだけ引っかかりやすいかを体感してもらいます。(構成:編集部/今野良介)

文章の伝わり方は「語彙」と「語順」でこれだけ変わる浅生鴨氏の返信はいつも短い。

言葉はイメージを呼び起こす。

だからフィクションを書くとき、つまり嘘をつくときには、相手の頭にどんなイメージが浮かぶのかを意識しておく必要がある。

ここで大切なのは、語彙と語順である。

・このパスタ、思ったほどは不味くないね。
・このパスタ、あまり美味いとは言えないね。

似たような味の話をしているが、言い方が違えば頭の中に浮かぶイメージが変わってくることはわかるだろう。

もともと人間には危険を避ける癖(くせ)が本能的に備わっているので、ネガティブな言葉はより強く印象に残るようになっている。

・このお刺身、ぜんぜん腐っていなくて美味しいよ。
・このお刺身、新鮮でプリプリしているけど不味いよ。
・このお刺身、ゴキブリも乗っていないし、美味しいね。

否定的で強い言葉を使うと、そのあとにどんな言葉が来ても最初につくられた悪印象を覆すことは難しいことがわかるだろう。

相手の頭に浮かべたくないイメージにつながる語彙は、とにかく使わないようにすることが重要なのである。

語彙が同じでも「語順」が違えばこれだけ変わる

それでは、語順はどうだろうか。

たとえば、仕事をさぼって遊びに行った翌日の言いわけで嘘をつくとしよう。

・僕が仕事を休んだのは、熱で寝込んでいたからで、遊びに行ったからじゃない。

この文章は、最初に「熱で寝込んでいる人」の姿を想像させる。

・僕が仕事を休んだのは、遊びに行ったからじゃなくて、熱で寝込んでいたからだ。

一方、こちらの文章はまず「遊びに行っている人」をイメージさせてしまう。たとえそれを否定しても、最初のイメージが頭のどこかに残り続けるので「遊びに行った疑惑」は残り続けてしまう。

こんなふうにイメージさせる順番をコントロールすれば、相手の頭の中に描きたい絵を描くことができるのだ。

ところが、日本語には「語尾が文章全体を印象づける」という特徴もあるので、単純に最初にイメージさせたい言葉を選ぶだけでは上手くいかないところが難しい。

乗客は、重傷を負って病院へ搬送されましたが、命に別状ありませんでした。

これは報道でよく見かける文章だ。これを見れば、ああ、命に別状はなかったのだな、よかったなと僕たちは思う。

けれども言葉の順番を変えたらどうだろうか。

乗客は、命に別状はありませんでしたが、重傷を負って病院へ搬送されました。

かなり印象が変わるのではないだろうか。

嘘をつくとき、嘘をつかれるとき、語彙や言葉の順番を入れ替えてみると、効果的な嘘をつくことができたり、あるいは相手の狙いが見えてきたりするので試してみるといいだろう。

陰謀論者の巧みな技術

せっかくだから、さらにもう一つ、嘘をつくときの重要なポイントを追加しておきましょう。

それは話の頭から終わりまでのすべてを嘘にしてしまわないことです。

これには大きく二つのやり方があります。

ひとつは、話のほとんどは嘘で、そこに少しだけ真実や事実を混ぜているパターン。もうひとつはその逆に、話のほとんどは真実あるいは事実で、その中に少しだけ嘘を混ぜているパターンです。

どちらにしても、周知の事実と嘘を混ぜるのがポイントです。人は事実の断片を自分が受け入れやすい形に変えて取り込んでいきますから、どちらのパターンにしても、取り込みやすい事実の断片を用意しておくことが重要なのです。

特に、すでに知っていることは、いちいち解釈をしたり考えたりすることなく楽に取り込んでいくことができます。

ですからフェイクニュースや陰謀論をつくる人たちは、すでにみんながよく知っている事実と嘘を巧みに混ぜて、人々が事実の欠片を受け取るのと同時に、その嘘を取り込みやすくしているのです。

実は、頭のよい人や社会的に高い立場にある人ほど、いろいろな事実をよく知っていますから、この手の嘘に引っかかる傾向が高くなりがちです。

一度「なるほど」と受け入れると、もともと自分の知っていた事実が混ざっているだけに、なかなか抜け出せなくなってしまうのです。しかも、これまで自分は正しい判断をしてきたという自負があるので騙されない自信もあります。

こうして、うっかり嘘を信じてしまった自分を認められないまま、やがてずるずると嘘の罠に取り込まれていくのです。(了)

浅生鴨(あそう・かも)
1971年、兵庫県生まれ。作家、広告プランナー。出版社「ネコノス」創業者。早稲田大学第二文学部除籍。中学時代から1日1冊の読書を社会人になるまで続ける。ゲーム、音楽、イベント運営、IT、音響照明、映像制作、デザイン、広告など多業界を渡り歩く。31歳の時、バイクに乗っていた時に大型トラックと接触。三次救急で病院に運ばれ10日間意識不明で生死を彷徨う大事故に遭うが、一命を取りとめる。「あれから先はおまけの人生。死にそうになるのは淋しかったから、生きている間は楽しく過ごしたい」と話す。リハビリを経てNHKに入局。制作局のディレクターとして「週刊こどもニュース」「ハートネットTV」「NHKスペシャル」など、福祉・報道系の番組制作に多数携わる。広報局に異動し、2009年に開設したツイッター「@NHK_PR」が公式アカウントらしからぬ「ユルい」ツイートで人気を呼び、60万人以上のフォロワーを集め「中の人1号」として話題になる。2013年に初の短編小説「エビくん」を「群像」で発表。2014年NHKを退職。現在は執筆活動を中心に自社での出版・同人誌制作、広告やテレビ番組の企画・制作・演出などを手がける。著書に『伴走者』(講談社)、『アグニオン』(新潮社)、『だから僕は、ググらない。』(大和出版)、『どこでもない場所』『すべては一度きり』(以上、左右社)など多数。元ラグビー選手。福島の山を保有。声優としてドラマに参加。満席の日本青年館でライブ経験あり。キューバへ訪れた際にスパイ容疑をかけられ拘束。一時期油田を所有していた。座間から都内まで10時間近く徒歩で移動し打合せに遅刻。筒井康隆と岡崎体育とえび満月がわりと好き。2021年10月から短篇小説を週に2本「note」で発表する狂気の連載を続ける。