「なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?」SNSに潜むウソ拡散のメカニズムを、世界規模のリサーチと科学的研究によって解き明かした全米話題の1冊『デマの影響力──なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』がついに日本に上陸した。ジョナ・バーガー(ペンシルベニア大学ウォートン校教授)「スパイ小説のようでもあり、サイエンス・スリラーのようでもある」、マリア・レッサ(ニュースサイト「ラップラー」共同創業者、2021年ノーベル平和賞受賞)「ソーシャル・メディアの背後にある経済原理、テクノロジー、行動心理が見事に解き明かされるので、読んでいて息を呑む思いがする」と絶賛された本書から一部を抜粋して紹介する。

Photo: Adobe StockPhoto: Adobe Stock

なぜ私たちは嘘を信じてしまうのか?

 人間はなぜ嘘を信じてしまうのか、ということについての研究は、フェイク・ニュースについての研究よりも進んでいる。ただ、問題は、今のところまだ確固たる理論ができているわけではないということである。

 現状では、二通りの考え方があって、はたしてどちらが正しいのか、という論争が続いている。それは「古典的推論」と「動機づけ推論」のどちらの影響が強いのか、という論争である。

 もし古典的推論が強いのなら、「人間は徹底的に分析的に思考をすれば、何が真実で何が嘘かを見分けることができる」と考えていいだろう。

 だが、「動機づけ推論」が強いのなら、「たとえ分析的に思考しても、真実と嘘の見分けがつくとはかぎらない」ということになる。いったん嘘を信じてしまうと、それが嘘であると証明する情報に触れたとしても、自分の誤りを修正できず、分析的思考を深めることで、さらに嘘を強く信じるようになるのだ。元々、考え方に偏りがある場合、あるいは嘘を信じようという意思を持っている場合には、考えれば考えるほど、嘘を信じる度合いは強くなる。

嘘を信じやすい人の共通点

 私の友人でMITの同僚でもあるデヴィッド・ランドは、ゴードン・ペニークックと協力して、フェイク・ニュースと真実のニュースを見分けられるのはどういう種類の人か(1)を調査した。

 まず、集めた被験者たちに対して、「認知内省テスト(CRT=Cognitive Reflection Test)」と呼ばれるテストを実施し、それぞれがどの程度思慮深くものごとを判断しているかを確認した。そして次に、それぞれの被験者に真実のニュース、嘘のニュースを知らせて、どれを信じ、どれを信じないかを見た。

 CRTでは、たとえば被験者にバットとボールの値段が合わせて1ドル10セントだとする。バットがボールより1ドル高いとすれば、ボールの値段はいくらかといった簡単な問題を出して解いてもらう。

 深く考えず直感だけで答える人は、「ボールは10セント」としてしまうことが多い。だが、この答えは誤りだ。ボールが10セントで、バットがそれより1ドル高いのだとすれば、2つの合計は1ドル20セントになってしまうからだ。この種の問題を出して反応を見れば、その人がどの程度思慮深いかがわかる。

 ランドとペニークックの調査では、CRTで思慮深いとされた人は、そうでない人よりも、真実のニュースと嘘のニュースを正確に見分けることができるとわかった。たとえ実際の出来事について伝えていても、特定の立場の人に有利になるよう歪められているニュースがあれば、それも察知できた。つまり、二人の調査の結果を見るかぎり、「古典的推論」が強いとみなせる。

たとえ嘘でも、繰り返し聞くと本当に思えてきてしまう

 だが、話はこれで終わりではない(2)。人間には、たとえ嘘であっても同じ話を繰り返し聞くと、それを本当だと思いやすい、という性質があるからだ。これを「真実性の錯覚(3)」と呼ぶ。人間は、嘘の情報に繰り返し触れているうちに、それを本当だと思ってしまうことがあるのだ。

 また、自分が思っていたことに合致する話を信じやすいという性質もある(これを「確証バイアス」と呼ぶ)。つまり、同じ話を繰り返し聞くほど、またその話が自分の知識と一致しているほど、私たちはそれを信じやすいということだ。

 そのため、「嘘を信じている人に、それを訂正する真実の情報を伝えると、裏目に出ることが多いのではないか」と考える人もいる。「あなたは間違っている」と言われると、それまでの間違いを正すのではなく、ますます間違いを強く信じるようになるのではないか、ということだ。

 だが、これまでに得られている証拠から見れば、この種の逆効果はさほど強くないようだ。たとえば、アンドリュー・ゲスとアレクサンダー・コポックが実施した三つの実験では、逆効果が実際に存在する証拠は得られなかった。理論的にはいかにも逆効果が生じそうな状況であっても、実際にはそうならなかったのである(4)

 これらの話を総合すると、思慮深く考えることは、嘘と本当を見分けることに役立ち、繰り返し同じ話を聞くと本当だと信じやすく、嘘を信じている人に訂正の情報を伝えても裏目に出ることは少ない、ということになる。

 自分がすでに得ている知識に合致する情報を信じやすいという確証バイアスはあるが、訂正の情報を伝えることには一定の効果があるのだ。このように考えると、フェイク・ニュースとどう闘うべきかがわかってくる(このことに関しては、第12章で詳しく触れる)。

参考文献
(1) Gordon Pennycook and David G. Rand, “Lazy, Not Biased: Susceptibility to Partisan Fake News Is Better Explained by Lack of Reasoning Than by Motivated Reasoning,” Cognition 188(2019): 39-50.
(2) Raymond S. Nickerson, “Confirmation Bias: A Ubiquitous Phenomenon in Many Guises,” Review of General Psychology 2, no. 2(1998): 175-220.
(3) Lynn Hasher, David Goldstein, and Thomas Toppino, “Frequency and the Conference of Referential Validity,” Journal of Verbal Learning and Verbal Behavior 16, no. 1(1977): 107-12.
(4) Andrew Guess and Alexander Coppock, “Does Counter-Attitudinal Information Cause Backlash? Results from Three Large Survey Experiments,” British Journal of Political Science(2018): 1-19.

(本記事は『デマの影響力──なぜデマは真実よりも速く、広く、力強く伝わるのか?』を抜粋、編集して掲載しています。)