12月の逮捕段階では、いずれの事件でも新聞は警察発表に基づく逮捕の一報を伝えたのみ。先に挙げたように、ネット上では「不当逮捕」との指摘がある一方で、「逮捕は当然」といった論調も見受けられ、真偽不明の情報もあって詳細まではわからない状態だった。

 これら一連の逮捕がどのようなものなのか実際に関係者に会って確かめるため、筆者は12月中旬に大阪を訪れた。下地准教授の妻の蕭照貞(しょう・しょうてい)さんは逮捕当日のようすをおおよそ次のように証言する。

「12月9日朝8時、日曜の朝ということもあって2人とも寝ていたのですが、玄関のチャイムが3回たて続けに鳴りました。最初ご近所さんかなと思いましたが、近所のひとならそんなに連続してチャイムを押したりしない。それでいたずらだろうかと思いながらインターホンに出ると警察でした。私は混乱してしまって、下地にいったら『落ち着きなさい』といわれました。

 玄関を開けたら、警察はいきなり逮捕状を読み上げ始めました。下地は『やられた』といった顔をして、そんな内容のことを口にしていました。あり得ないところでやられたと思っていたのでしょう。

 私は混乱していたので10月17日のことが理由ということ以外、逮捕状の内容は細かく覚えていません。意味がわからず、『もう一度ゆっくり読んでください』と頼みましたが、警察のひとに『あとで奥さんには説明するから』といわれました。

 逮捕状を読み上げたところで、いきなり下地を連れて行こうとしたのですが、下地が抗議して、歯を磨いて、トイレに行って、服を着替えてから、手錠をかけられて連れて行かれました」

 警察は7人で訪れ、下地准教授が警察に連れて行かれたのは8時10分ごろという。

「犯人でもないのに手錠をかけられたのがすごく嫌な感じでした。下地がトイレに行くときも、自宅はマンションの20階で窓もないのに、逃亡とか証拠隠滅の防止とかわけのわからないことをいわれて、ドアを閉めさせず、隙間をあけたままでした」(蕭さん)

 その後は4時間にわたる家宅捜索を受けた。警察はパソコンやビデオカメラ、ビラといったもののほかに、下地准教授が脱原発や広域処理の問題を訴える替え歌を歌うさいに使うタンバリンや、街宣用のマイクとスピーカーなど、129点におよぶ「証拠品」を押収していった。押収点数が多いのはビラ1枚でも1点と数えているためで、共用のパソコンを押収されたことが不便で困ったという。