分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を親切に、ユーモアたっぷりに、ロマンティックに語る『若い読者に贈る美しい生物学講義』が発刊。養老孟司氏「面白くてためになる。生物学に興味がある人はまず本書を読んだほうがいいと思います。」、竹内薫氏「めっちゃ面白い! こんな本を高校生の頃に読みたかった!!」、山口周氏「変化の時代、“生き残りの秘訣”は生物から学びましょう。」、佐藤優氏「人間について深く知るための必読書。」、ヤンデル先生(@Dr_yandel)「『若い読者に贈る美しい生物学講義』は読む前と読んだあとでぜんぜん印象が違う。印象は「子ども電話相談室が好きな大人が読む本」。科学の子から大人になった人向け! 相談員がどんどん突っ走っていく感じがほほえましい。『こわいもの知らずの病理学講義』が好きな人にもおすすめ。」、長谷川眞理子氏「高校までの生物の授業がつまらなかった大人たちも、今、つまらないと思っている生徒たちも、本書を読めば生命の美しさに感動し、もっと知りたいと思うと、私は確信する。」(朝日新聞2020/2/15 書評より)と各氏から評価されている。
2022年のノーベル生理学・医学賞は、化石中に残ったDNAから絶滅したネアンデルタール人のゲノムを解読したスバンテ・ペーボ氏に贈られた。彼の研究成果と、「業績よりも輝かしいペーボ氏の科学者としての態度」について、『若い読者に贈る美しい生物学講義』の著者更科功氏が緊急寄稿した。
ネアンデルタール人のゲノムを解読
2022年のノーベル生理学・医学賞は、「絶滅した古代人のゲノムと人類の進化に関する研究」に対して、ドイツのマックス・プランク進化人類学研究所のスヴァンテ・ペーボ氏に贈られた。
ペーボ氏のグループは、化石中に残ったDNAから絶滅したネアンデルタール人のゲノムを解読し、私たちのゲノムのなかにもネアンデルタール人に由来するDNAが数パーセントは存在することを明らかにした。
その結果、現代人を悩ませるいくつもの疾患が、ネアンデルタール人のDNAの影響を受けていることがわかりつつある。また、化石の形態からは特定できなかった新しい人類種や、人類種のあいだの交雑、そしてそれらの人類種の進化の道筋を、DNAの情報を使って解明した。
「ジュラシックパーク」に便乗する研究者たち
しかし、ペーボ氏は、これらの素晴らしい業績が発表される前から、すでに眩しいほどに輝いていた。それは、科学者としての態度である。
ペーボ氏のグループが、古くてもせいぜい1~2万年前の化石DNAを研究していた1990年のことだ。ある別のグループが、衝撃的な論文を発表した。
なんと約2000万年前の植物の化石から、DNAの塩基配列を決定したというのだ。これまでペーボ氏が研究してきた化石DNAより1000倍以上も古い。
世界はペーボ氏の研究のことなどすっかり忘れて、この植物化石のDNAに夢中になった。
奇しくも、この1990年は、「ジュラシックパーク」という小説が出版された年でもあった。
この小説では、コハクの中から、恐竜の血液を吸っていた蚊の化石が発見される。小説の中の研究者は、蚊の化石から恐竜のDNAを取り出して、生きた恐竜を現代によみがえらせてしまう。
しかし、この小説は、ただの夢物語では終わらなかった。この「ジュラシックパーク」が映画化された1992年には、本当にコハクの中のシロアリからDNAが抽出されたという論文が発表されたのだ。
このコハクの中のシロアリは、約2500万年前のものだったが、その後、1億年前より古いDNAも、コハクの中の昆虫から報告されるようになった。
化石からDNAを取り出すことは難しい
しかし、ペーボ氏にはわかっていた。
化石からDNAを取り出すことは非常に難しい。化石の中にあるDNAのほとんどは、後の時代に混入したDNAなのだ。
化石DNA専用のクリーンルームで細心の注意をはらってDNAを抽出しても、まだ不十分だ。DNAの塩基配列から混入を見分ける必要もあるし、そもそも塩基配列自体も時間が経つと変化してしまう。
それらを評価するには統計的な視点も必要だ。ペーボ氏らは本当に細かく検討して、やっとのことで正しいと思われる結果を導き出していたのである。
それでも熱狂は続く
それなのに多くのグループは、大した工夫もせずに1億年ぐらい前の化石からDNAの抽出を試み、明らかに間違った結果を発表しては、世間の賞賛を浴びていた。
その最たるものが1994に発表された恐竜のDNAである。のちに人間のDNAの混入だったことがわかるこの恐竜のDNAに、世界は熱狂した。
もちろんペーボ氏は反論したが、ジュラシックパークの効果もあり、そんなことで熱狂は収まらなかった。
このころのペーボ氏の心中は、察するに余りある。
ペーボ氏は数万年前のDNAを抽出するにも大変な労力を使い、やっとのことで正しいと思われる結果を導き出していた。
しかし多くのグループは、いいかげんな方法で一億年ぐらい前のDNAを抽出し、明らかに間違った結果を発表しては、世間の賞賛を浴びていたのだ。
研究に対する真摯な姿勢
そんな風潮の中で、ペーボ氏は反論をしなくなっていく。そして、たとえ世間の注目を浴びなくとも、自分の研究を地道にきちんとして、正しい結果を報告し続けていった。
そんなペーボ氏の姿を、私は慕わしく、また尊いものに思う。そして、こういう地道な研究の結果、ネアンデルタール人のゲノムの解読に辿り着いたのである。
たしかにペーボ氏の業績は輝かしいものだ。
ノーベル賞よりも輝かしいペーボ氏の態度
しかし、もっと輝かしいのは、ペーボ氏の科学者としての態度だろう。このノーベル賞の受賞を機に、輝かしい成果を目指すよりも、地道な研究に喜びを見出すのが本来の科学者であることを、改めて確認したいと思う。(了)
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『若い読者に贈る美しい生物学講義』は、「生物とは何か」から、動物や植物などの話、生物に共通する性質、たとえば進化や多様性、そして人類の進化について述べています。くつろいで受けられる講義になっていますので、今年度のノーベル生理学・医学賞の意義をより深く理解する意味でも、ぜひチェックしてみてください。
更科 功(さらしな・いさお)
1961年、東京都生まれ。東京大学教養学部基礎科学科卒業。民間企業を経て大学に戻り、東京大学大学院理学系研究科修了。博士(理学)。専門は分子古生物学。武蔵野美術大学教授、東京大学大学院非常勤講師。『化石の分子生物学』(講談社現代新書)で、第29回講談社科学出版賞を受賞。著書に『宇宙からいかにヒトは生まれたか』『進化論はいかに進化したか』(ともに新潮選書)、『爆発的進化論』(新潮新書)、『絶滅の人類史』(NHK出版新書)、共訳書に『進化の教科書・第1~3巻』(講談社ブルーバックス)、6万部突破のロングセラー『
若い読者に贈る美しい生物学講義』(ダイヤモンド社)などがある。
くつろいで受けられる生物学講義――著者より
ある農家に怠け者の男がいた。男は働くのが面倒でたまらないので、自分の代わりに田畑で働いてくれるロボットを作った。
ところが、ひと月経つと、ロボットは壊れてしまった。仕方なく、男はまたロボットを作った。ところが、そのロボットも、ひと月経つと壊れてしまった。
そこで男は、新型のロボットを作った。新型のロボットは、田畑で働くだけでなく、ひと月経つと新しいロボットを作って、それから壊れた。だから、男は、一日中家で寝ていられた。
そんな折、男は作られるロボットが、少しずつ違うことに気がついた。
たとえば、性能が1のロボットが作ったロボットの性能は、1.1になることも0.9になることもあった。しかしロボットの性能が、急激に変化することはなかった。
そのうちに、たまたまロボットを2体作るロボットができてしまった。ところが、男の家には、ロボットを動かす燃料は1体分しかない。
ロボットは、毎日農作業が終わって家に戻ると、燃料タンクから自分で燃料を入れることになっていた。そのため、農作業が早く終わったロボットが、先に家に戻って燃料を入れてしまう。すると、もう1体のロボットは燃料を入れることができない。そのため、燃料切れになったロボットは、家の隅に転がったままになった。
そんなことが繰り返されていくうちに、ロボットの農作業はものすごく速くなった。生き残るのは、いつも性能が高いロボットだけだからだ。仮に、毎月性能が1.1倍になったとすれば、4年で、ほぼ100倍になる。ロボットは、急速に変化していき、もはや怠け者の男にはコントロールできないものになってしまった。
ついにロボットは、自分で燃料を採掘するようになり、とうとう地球を支配するにいたった。もはや人間の姿は、どこにも見当たらなかった。
以上の話は『若い読者に贈る美しい生物学講義』の中に書いた話(の一部)である。ロボットが2体ずつ作られて、そのうちの1体だけが生き残るなら、そのときの状況に適応している方が生き残ることになる。これは自然選択と呼ばれる現象で、ダーウィンが進化のメカニズムとして見つけたものだ。
この話では、自然選択が働き始めたときに、ロボットの急速な変化が始まった。それは、もう元には戻れないような、根本的な変化であった。この瞬間にロボットは生物になったのだと、私は思う。
これまでは、生物とはどういうものかを考えるときに、物質的な側面から考えることが多かった。たとえば、地球の生物の体のなかでは、いつも物質やエネルギーが流れている。この流れを代謝というが、これを生物の定義の一つとすることが多い。
しかし、宇宙にはどんな生物がいるかわからない。たとえば、ロボットの体の中には、いつも物質やエネルギーが流れているわけではない。スイッチを切って寝ていれば、物質もエネルギーも流れない。それでも、宇宙のどこかに、さっきの話のようなロボットがいたら、それは生物と言ってもよいかもしれない。地球の常識から言えば、金属でできたロボットは生物ではないけれど、それは宇宙の常識とは違うのではないだろうか。
もしも、宇宙全体で生物を定義できるものがあるかどうかわからないが、もしあるとすれば、それは「自然選択」だろう。どんな形をしていようが、どんな物質でできていようが、どんな振る舞いをしようが、とにかく自然選択によって作られたものが生物なのではないだろうか。生物は自然選択によって、周囲の環境に適するようになったものだ。つまり、その環境の中で、なかなか消滅しないようになったものだ。つまり、生き続けるようになったものなのだ。
だから、本来生物は、生きるために生きているのであって、生きる以上の目的はないのだろう。生きるために大切なことはあっても、生きるよりも大切なことはないのだろう。まあ、生きていれば、それだけで立派なものなのだ。
『若い読者に贈る美しい生物学講義』では、従来の生物の見方に収まらない話も盛り込んでみた。
内容を簡単に紹介すると、まず生物とは何かについて考える。その中で、科学とは何かについても考えていく。生物学も科学なので、その限界を理解しておくことが大切だからだ。それから実際の生物、たとえば動物や植物などの話をしてから、生物に共通する性質、たとえば進化や多様性について述べる。最後に身近な話題、たとえばがんやお酒を飲むとどうなるかについて話をする。「講義」という言葉が入っているが、くつろいで受けられる講義にしたつもりである。
楽しんでもらえると、よいのだけれど。
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