知る人ぞ知る問題解決メソッド、「問題解決の7ステップ」がついに書籍化する――。マッキンゼーで最も読まれた伝説の社内文書「完全無欠の問題解決への7つの簡単なステップ」の考案者であるチャールズ・コン氏みずから解説する話題書『完全無欠の問題解決』(チャールズ・コン、ロバート・マクリーン著、吉良直人訳)が注目を集めている。マッキンゼー名誉会長のドミニク・バートンは「誰もが知るべき、誰でも実践できる正しい問題解決ガイドがようやく完成した」と絶賛、グーグル元CEOのエリック・シュミットも「大小さまざまな問題を解決するための再現可能なアプローチ」と激賞している。本書では、「自宅の屋根にソーラーパネルを設置すべきか」「老後のためにどれだけ貯金すればいいか」といった個人の問題や「販売価格を上げるべきか」「ITの巨人に訴訟を挑んでいいか」といったビジネス上の問題から、「HIV感染者を減らすには」「肥満の流行をどう解決するか」といった極めて複雑なものまで、あらゆる問題に応用可能なアプローチを紹介している。本稿では、本書より内容の一部を特別に公開する。

老後資金はどれだけ必要か?マッキンゼーの問題解決メソッドで回答Photo: Adobe Stock

老後のためにどれだけ貯金すればいいか

 終末期の計画についても不確実性がつきまとう。かつては、退職後の貯蓄は、通常10~15年分あればよかった。しかし現在では、早期退職が行われ、長寿命化が進んでいるため、退職後の収入の必要性が25~35年にまで延びている場合が多い。多くの退職者は現在、「私の退職後の貯蓄はもつのか?」という問いに直面している。

 この問いへの答えは、あなたが乗っている長寿の滑走路と、あなたが生み出すことのできる収入プールの額、そしてあなたのリスク選好に依存する図表1)。平均寿命が延び、従来の貯蓄のリターンは控えめなままの中、貯蓄を使い果たすリスクを負う人が増えている。退職を控えた人の頭の中には、次のような問いが浮かんでいる。

退職を控えた人が抱える問い
問1 この不確実性に対処するために、どのような計画を立てれば良いのか?
問2 このリスクを軽減するために、今とるべき行動はあるか?
問3 後回しできる決定事項はあるか?
問4 会計士やファイナンシャルプランナー以上のアドバイスが必要か?

老後資金はどれだけ必要か?マッキンゼーの問題解決メソッドで回答図表1 老後の備えは「滑走路の終わり」まで保つか?

 これは毎日対処したいと思うような種類の問題ではないと認めるが、シンプルかつ包括的に対処する方法があるのだ。それは、あなたの長寿の滑走路を推定し、バイアスを調整し、投資戦略におけるリスク選好を考慮することだ。

 この問題を解決するために、最初の切り口の計算から始める。リスクに直面しているかどうかを判定するためには、退職後の貯蓄が目標収入の何年分に相当するかを単純に計算し、それを自分の年齢から予想される寿命と比較すればよい。これは、あなたの退職時貯蓄を目標退職所得から支出を指し引いた金額で割るという単純なもので、確定給付企業年金がある場合はそれを調整する。これがあなたの老後生活年数である[*1]。

 このヒューリスティックスは、あなたの状況を把握するための良い出発点ではあるが、完全な答えを提供してくれるわけではない。どうしてか? 定義によれば、誰もが平均余命に達するわけでもなく、個人によってリスク許容度も異なるからだ

 また、あなたの溜めた金の卵は、さまざまな資産に投資することができる。その資産は稼ぐかもしれないし、大して稼がないかもしれない。ボラティリティは高いかもしれないし、低いかもしれない。こうした変動要因を考慮するには、ヒューリスティックスよりもさらに踏み込んだ分析が必要である。

あなたはどれだけ長生きするのか

 長寿の滑走路をもっと詳しく見てみよう。あなたが健康な35歳とした場合の平均余命は80歳だが、もしあなたが60歳とした場合は平均余命は82.2歳に増加する[*2]。

 60歳では、次のことが起こる確率が50%ある。

60歳時点で50%の確率で起こること
・男性の平均余命は85歳を超える
・女性の平均余命は88歳を超える
・男性と女性のカップルの少なくとも1組は、2人とも91歳を超える[*3]

 計画は通常カップルのために行われ、関係するのは生き残ったパートナーの死亡時年齢である。この場合も同時確率で計算することになり、この同時長寿の問題についてはインターネットで表を見つけることができる。

 この場合、どちらかが90歳を超えて生きる可能性は50%であり、30年の計画滑走路であり、22歳から60歳までの労働寿命とほぼ同じ長さである。皮肉なことに、人は平均余命を4年以上過小評価する傾向がある[*4]。

 もしあなたに90歳代の祖父母がいるなら、平均余命は延びる。あなたが健康的なライフスタイルを送っているなら、また延びる。環境の質が高い街に住んでいれば、呼吸器や循環器系の病気などが減る。あなたの滑走路にすべてのプラス要素がある場合は、自分が長生きすることを計画しておく必要がある

老後の「リスク許容度」で購入する金融商品が変わる

 退職後のお金の動きに対する投資リターンのボラティリティは、収入の不確実性を生み出す。この不確実性をどのように扱うかについて、個人によってリスク許容度が異なる。

 もしあなたが長寿で、貯蓄を使い果たすリスク許容度が低いと思われる場合は、生涯をカバーする年金保険を購入し、支出と収入のバランスをとるために予算を調整することを検討すればいい。年金保険の購入は、不確実性に対処するための古典的な保険契約である。あなたは、年金で一生続く貯蓄を持つという安心感を得られるが、その分リターンは低くなる。

 一方、長生きすることが予想され、リスクに寛容である場合には、いわゆるバランスファンド[訳注:株式と債券からなる投資信託のこと。リスクをヘッジしながら適度なリターンを狙う]ではなく、グロースポートフォリオ[訳注:ハイリスク・ハイリターンの資産の組み合わせ]を保有することを検討すべきである。

複利を考えれば、老後でもグロースファンドを買ってもいい

 あなたが取り得るアクションを図表2の意思決定ツリーに示した。

老後資金はどれだけ必要か?マッキンゼーの問題解決メソッドで回答図表2 退職後の金融商品を選ぶための意思決定ツリー

 ここで、説明しておかなければならない驚くべき結論がある。それは、長寿と複利計算との関係である。私たちが知っているほとんどのファイナンシャルプランナーは、退職を控えた顧客に対して、株式市場のボラティリティに対する安全性を提供し、安定した現在の収入を提供するために、バランスファンドを推奨する。

 これは典型的に投資期間が10年から20年の投資家を対象とした商品だ。しかし、60歳時点での投資期間が25年、さらには35年であるとしたらどうだろう。以下の簡単な表は、投資期間と複利効果が非常に重要である理由を示すのに役立つ。

 グロースファンドからのリターンは、投資期間が25年の場合は34%、35年の場合は51%と驚異的に高い図表3)。しかし、退職後の収入の年次変動が大きくなることに対して、ある程度の寛容さが必要である。要は、退職後の貯蓄の妥当性に関して、直感に反するかもしれない別の考え方を発見したということだ。

老後資金はどれだけ必要か?マッキンゼーの問題解決メソッドで回答図表3 60歳時点で10万ドルを投資したときのリターン

 さらに、この問題解決の道を歩み始めることで、60歳の退職者は、より早期に収入が必要になるなど状況が変化した場合に、資金を切り替えることができる。一方、残りの滑走路が短くなる80歳以上の時点でバランスファンドから切り替えることはまずないだろう。

 ここでは、多くのファイナンシャルプランナーからは聞くことのない結論に達した。つまり、自分やパートナーの長寿を期待する場合は、退職を迎えるにあたって、グロースファンドへの投資を検討していただきたい。

 リスク許容度を加味すると、年金保険を購入してヘッジするのとは異なる戦略が浮かび上がる。長寿の滑走路や複利成長といったヒューリスティックは、非常に現実的な問題に対して豊富な解決策を与えてくれる。また、多くの人が貯蓄率を上げて滑走路を延長する必要もある。これは、貯蓄を使い果たすことを避けるために、資産配分と同時に対処すべき問題である。

(本原稿は、チャールズ・コン、ロバート・マクリーン著『完全無欠の問題解決』を編集・抜粋したものです。この伝説の問題解決メソッドについてはこちらの記事で詳しく説明しています)


*1 先進国では、個人資産と貯蓄が退職後の所得の重要な部分を占めている。年金に加えて個人資産を保有することを認める政府の慣行はさまざまである。年金計算に資産を含めることを義務付けている国もあれば、オーストラリアのように、年金計算外で保有することを認めている国もある。そのため、読者が住む国のルールによって、計算方法が異なる。
*2 www.helpage.org/global-agewatch
*3 Australian Bureau of Statistics.
*4 International Longevity Council UK, 2015.