「出る杭を打つ人」に心を折られない、たった1つの方法

2022年3月9日に『起業家の思考法 「別解力」で圧倒的成果を生む問題発見・解決・実践の技法』を出版した株式会社じげん代表取締役社長の平尾丈氏。25歳で社長、30歳でマザーズ上場、35歳で東証一部へ上場し、創業以来12期連続で増収増益を達成した気鋭の起業家である。
そんな平尾氏と対談するのは、株式会社みずほ銀行常務執行役員の大櫃直人氏。渋谷中央支店の部長時代から起業家の支援を行い、2016年に設立された「イノベーション企業支援部」の部長に就任。約2500社以上のイノベーション企業を訪問し、10年以上日本のスタートアップ支援をけん引し続けている。
不確実性が高く、前例や正攻法に頼れない時代。そのなかで圧倒的な成果を出しているおふたりに「起業家の思考法」について語っていただいた。
連載第3回は、多くの人が悩む「自分らしさ」に斬り込んでいきました。大櫃氏の口から出てきた「自分らしさ」への向き合い方とは、いったいどのようなものだろうか。
(構成 新田匡央 写真 株式会社じげん・津田咲)

場数を踏むことで「自分らしさ」の感性は磨かれる

大櫃直人(以下、大櫃):今、若い人に話していることは、過去30年の積み重ねというよりも、自分が20代のころに経験して培ってきたことが多いですね。

20代のときにこんな苦労があって、転機があり、自分のやり方を見出し、それを続けているという話です。

一ヵ店目のときに、新規営業は門前払いばかりですから、精神的にもつらい時期がありました。そのときに、ある司法書士の先生に出会ってこう言われました。

「きみの持っている情報をすべて渡してよ。それがうまく登記に結びついたら、オタクの銀行を使ってあげるから」

銀行のもつお客さまの情報をお伝えするわけにはいきませんが、司法書士を紹介してほしいというご要望をお持ちのお客さまに応え、頻繁にその司法書士さんのところへ通ったところ、大変気に入っていただいたのです。それ以来、その司法書士さんの個人的な勉強会に呼んでもらうようになります。

弁護士、司法書士、公認会計士、弁理士など士業の集まりで、そこに3年ほど参加させていただきました。家族的なつきあいに発展し、その関係をお客さまとの取引に活用させていただいたのです。

たとえば、お客さまが紛争ごとに巻き込まれていたら、「弁護士をご紹介しましょうか」とその場で電話をかける。特許がらみの話が出たら、「知り合いに弁理士がいるので、今ご紹介しましょうか」と電話をかける。

お客さまからすると、私のような銀行員は見たことがない、となります。私は単純にお客さまの役に立ちたいという思いから、自分で培った情報ネットワークを活用しただけなんです。

平尾丈(以下、平尾):大櫃さんのお話は、大企業で一生懸命頑張っても、結果が出ずに苦しんでいらっしゃる方には非常に参考になるのではないでしょうか。

同じように先輩の動きを真似して、先輩ともども倒れてしまっている人の視点を変える良いお話です。他の業種でも、おそらく似たようなことが起こっているのではないかと思うんですよね。

大櫃:そうですね。動きにくくなってきたのはひとつの理由としてあると思います。対面を重視する考え方も、一定程度コロナ禍のなかで減ってきています。

とはいえ、私がお話ししたM&Aの考え方でいくと、ある会社に行って感じる部分があって、別の会社に感じる部分もあって、それを結びつけることができるかどうかが重要です。

その感性は、数多くの場数を踏んでいないとできないと思います。場数を踏むという意味では、「単なる挨拶」だけでは場数にはならない。

社長に怒られてもいいから、事業について、あるいは人生についてでもいいですが、一歩踏み込んだ話をしてもらえることが場数につながっていくのです。

そのときに、一つではなく三つの提案を持っていくことや、弁護士や弁理士にその場で電話をするというようなことができれば、面白いと思ってもらえる。

そうでもしない限り、場数を踏むチャンスすら巡ってこないと思うのです。

平尾:大櫃さんの行動規範は、あらゆる社会人とっての行動規範になりますね。

でも、仮説を三つはなかなか出せない。顧客を理解しないと出せませんし、自分が考えたことなんかだいたいほかの人も考えているので、自分らしい独自の解を三つ出せるかと考えると、私も耳が痛いですよ。

小さな積み重ねをコツコツとやれば、何かにつながる

平尾:コロナ禍において訪問もしにくくなり、リモート化も進むなかで、場数が大事であるのはわかっても、それができない時代になっているような気がするのです。

大櫃さんがご経験された当時の構造と今の構造が変わってきたなかで、どのように大櫃さんのアドバイスを活かすべきか。リアリティがあまり湧かない人たちに対して、どう理解してもらえばよいのでしょうか。

大櫃:基本的に銀行の融資は、一定の企業規模がないと深入りしても、多くの金額を融資できないことがあります。あるいは一定の金額の融資が見込めないと、採算が見込めないこともあります。

銀行員は年を追うごとに自分のかたちが形成されますから、そのあたりの線を見越して最初から断ってしまうケースが増えてきます。

でも私は、基本的に最初から断ることはしていません。どんなに規模の小さなお客さまであろうが、どんなに他人からはつまらなく見える話であろうが、きっと何かあると思っていったんは突っ込んでいきます。

そうすると、その人、その会社からは何も発生しなくても、私の動きに感謝してくれて、すごい人を紹介してくれることがあるのです。人には見えないけれども、コツコツやっていると誰かが見てくれているということはあると思っています。

若い人と話をしていて、スタートアップのアポを取るのは大変なんですと言ってくる人がいます。彼によると、1日10件メールで連絡しても、アポは1件入るかどうだといいます。

でも、コツコツと積み重ねた行動がどこかに生きてくる。10社にメールを送ったということは、その10社の名前がインプットされていることになります。

そうすると、どこかのタイミングで、そのなかの1社とつながる会社が現れたときに、「その会社も知っていますよ、その会社に連絡していますがなかなかアポが入らないんですよ」などという会話が成立します。

この小さな積み重ねをできる範囲でコツコツやっていると、どこかで物事がつながってくると思うのです。

「出る杭を打つ人」に心を折られない、たった1つの方法大櫃直人(おおひつ・なおと)株式会社みずほ銀行常務執行役員 リテール事業法人部門・副部門長
1964年生まれ。88年関西学院大学経済学部卒業後、入行。2013年渋谷中央支店渋谷中央第二部長、16年イノベーション企業支援部長、18年執行役員イノベーション企業支援部長、21年執行理事、22年より現職。

平尾:とても良いお話ですね。

大櫃:それは昔も今も、やり方は違うかもしれませんが、結果は変わらないと思います。

平尾:普遍的なものになっていると。お聞きしていると、無形資産が大櫃さんのなかに蓄積されているのだろうと思いました。

それを最大化し、つながりのなかで学習して「別解力」に昇華されているのだろうと思います。