家族が要介護になったときに、労働者が介護のために3回まで、通算93日まで休業できる「介護休業制度」。労働者に認められた権利だが、いざ実際に利用するとなると一筋縄ではいかないことも多い。介護の問題は、実際に携わった経験がない者には実感が湧かず、自分事として考えらない上司もいるためだ。しかしこれは誰の身にも高い確率で起こることであり、少子高齢化が進む日本では今後どんどん介護休業制度の申請者が増えてくるはずだ。都銀で総合職を務める田代さん(男性42歳、仮名)のケースを通して、現在の介護休業制度の落とし穴について考える。(百寿コンシェルジュ協会理事長、社会福祉士 山崎 宏)
それは、
一本の電話から始まった
田代さんはある都銀で、法人担当の花形・上場企業の担当をしている。最近では業績好調で融資を必要としない企業が多いため、事業展開や業務改革などのコンサルティング業務が主な活動となっていた。年明けからは産業用コネクタメーカーの営業力強化プロジェクトに関わりながら、かなりの規模の融資提案につなげるべく、一意専心の日々を送っていた。
そんなさなか、母親からの携帯電話で父親の不可解な言動を知ったのは、桜の花が散り始めた頃だった。一人息子に心配をかけぬよう気遣う様子を察知した田代さんは、すぐにでも実家に飛んでいきたいと思いつつ、支店の命運を握るビッグプロジェクトを離れるわけにもいかず、親の顔を見に行く機会を作れずにいた。そして、ようやく実家に戻ったゴールデンウイーク。夜中に台所にしゃがみこんで、冷蔵庫の中のものを手当たり次第にむさぼる父親の異常な姿を目の当たりにしたのだった。
母親の話では、年明け頃から外出先ではぐれることが当たり前となり、家の中では連日連夜、自室の整理整頓や書類探しを繰り返しているという。時として母親のことを認識できなくなったり、叫びながら大暴れしたりといった具合である。
なぜか田代さんにだけは温厚に相対する父親を説得して、大学時代の友人である医師に診てもらうと、「典型的なアルツハイマー。過激な言動は、認知症からくる夜間せん妄。じきに徘徊(はいかい)や暴力も出てくるだろうから、母親のリスクを減らすためにも施設を探し始めてはどうか」との診断だった。