ノート術やメモ術に関する書籍は数多く存在しているが、それぞれ手法は異なる。そのため、メモを活用したいと思いながらも、具体的にどんな運用をしたらよいのか悩んでしまう人も少なくないだろう。
そんな方の悩みに答えてくれるのが、日本一ノートを売る会社「コクヨ株式会社」の社員、下地寛也さんの書いた『考える人のメモの技術』(ダイヤモンド社)だ。下地さんは今まで数多くの仕事ができる人のメモをリサーチした、いわばノートのプロフェッショナルである。
本書では、2種のノートを使い分けることで、正解のない問いに対して自分らしい答えを出す力を磨ける実践的なメモ術を紹介している。今回の記事ではアウトプットメモについて下地さんに聞いた。(取材・構成/久保 佳那、撮影/疋田千里)
アウトプットをする上での、メモの重要性はどこにあるのか
――自分らしいアウトプットを出すためには、書きながら考えることが重要だと本の中で説明されていますが、アウトプットメモのポイントを教えてください。
下地寛也(以下、下地):そもそも、何も書かずに考えるということは、非常に非効率なことをやっているわけです。
なかなか企画がまとまらない人は、よく「ああでもない、こうでもない」と同じところをグルグルと周りながら、思考の迷路にはまっている状態になっている。
人間は心で何かを感じますが、思考するときは言葉を使います。その何かモヤモヤと感じたことを、言葉にすることで思考が進むわけです。モヤモヤした曖昧な感情のままで考えようとしても、答えが見えてくるはずがありません。
明確な答えが見つからないとしても、感じたことをなんとか言葉にして書き出す。そしてその中から「これかもしれない」という発想の種が見えてくるはずです。
――ニュアンスはわかるのですが、何から書いていいのかイメージできない人も多いのではないでしょうか。
下地:アウトプットメモに何を書こうか……と手が止まってしまう人は、「何をどの順番で考えるか」が整理できていないわけです。
仕事におけるアウトプットは、ほぼ、問題解決をすることになります。
残業削減や営業の売上アップの施策を考えるだけでなく、楽しいイベントを考えたり、これまでにないイノベーティブな商品を考える場合でも、基本は問題解決です。
そうすると考える順番は、ほぼ同じになります。
シンプルにするとこの3つの順番で考えればいいことになります。
①現状(現状の問題点は何か?)
②課題(問題が発生してる原因、本質的な課題は何か?)
③打ち手(課題を解決するための打ち手はどのようなものか?)
考えるべきことを明確にするために、「自分は何を考える必要があるのか?」という問いをまず紙に書き出すんです。
これらの情報が出そろってはじめて、具体的なアイデアが出てくると思います。
そして、アウトプットメモを書くときは殴り書きで大丈夫です。キレイに書こうとして思考のスピードが遅くならないようにしましょう。
本にも記載していますが、例として「残業削減の打ち手」を考えるとしましょう。
まず残業についての現状を書き出す。「残業時間がどれくらいなのか」「どれくらいまで削減する必要があるのか」「残業に対して社員がどう思っているのか」などなど。
そうすると、課題は何で、打ち手はどうすべきかということを考えやすくなります。
――事実をおさえることが、考える土台をつくるということですね。
下地:そうなんです。多くの人が前提となる状況を理解する前に、いきなり打ち手を考えだすことがよくあります。
残業削減の場合で言うと、「19時に会社の電気を消せばいいのではないか」とか「定時退社を促すポスターをつくろう」とか。
思いつきのアイデアでうまくいくことはほとんどないでしょう。
なぜ、アウトプットメモは「A4サイズ横」がいいのか
――アウトプットメモが、事実の情報を書き出し、情報を整理・発想するために書きながら考えるメモだと理解できました。
その場合は、A4サイズの紙を横向きで使うことをおすすめしていますが、その理由は何ですか?
下地:基本的に文字は、左から右へ右へと書いていくので、紙を横向きで使った方が思考を広げていきやすいと思います。
また、現状 → 課題 → 打ち手の順番で考えるとよいので、ページを3分割します。一番左に「現状」を書き、それを見ながら真ん中に「課題」を書く。次に「課題」に書いたものを見ながら、右に「打ち手」を書く。
言ってみれば、会議でホワイトボードに要点を書きながら議論を進めるのと同じで、横に広げていく方が、一覧で情報を見やすいというのが理由になります。
そうした場合、普通の縦型のノートだと、見開きで使ったとしても、真ん中の折り込みが邪魔になります。ちょっとしたことですが、私は横向きで使えるものの方がストレスなく思考に集中できると考えています。
――お聞きした、コクヨのノートパッドを使うのがいい、ということですね。
下地:別に、この商品を使わなくてもいいと思いますが、いちおうおススメではありますね(笑)。
これを使うと、1枚では思考が足りずにもう少し思考を広げて考えたくなったときには、切り離して机の上に何枚も並べて考えることができます。
例えば、現状、課題、打ち手をまとめるときに、それぞれの詳細な情報は別の紙に書きだしておくなどです。
本当に些細なことと思うかもしれませんが、ノートをめくり直していると思考に集中できません。紙を切り離して机に広げながら考えることで、全ての情報を広げて俯瞰できます。
――アウトプットメモは思考するたびにノートから切り離していく運用ですよね。アウトプットメモが、提出資料や企画書など、別の形に変わっていったら、アウトプットメモはどうされるんですか。
下地:基本的には捨てることが多いですね。アウトプットメモは思考を整理するために書き出しているメモなので、見返すことはあまりないです。
最終的にはパワーポイントなどで企画書になるので、そちらがあればOKというわけです。よっぽど上手く情報がまとまったら、記念に取っておこうということも無くはないですが(笑)。
革新的なアイデアを出すためにやってほしい
2つのメモのテクニック
――本ではいくつか具体的なテクニックについても紹介されていました。特におすすめの方法があれば教えてください。
下地:私がアウトプットを考える上で、特に大切だと思っていることは「常識」と「ジレンマ」を書き出すということです。
アイデアが出ないときは、まず常識を書き出してみることをおすすめします。
例えば、「ノートの常識って何だろう?」と考えてみてください。
――ノートの常識ですか?
下地:あまり難しく考える必要はありません。
例えば「切り離せないこと」はノートの常識ですよね。では、「切り離せない」が常識だったら、「ミシン目をつけて、切り離せるノートはどうだろう」と発想してみる。
ここから生まれたのが、ページを切り離せるコクヨの「カットオフノート」です。
他にも、ノートは「だいたい右端のスペースが余る」という常識もあるでしょう。その常識から「横幅をカットして、縦長のノートを作れば無駄がないのでは」という発想になり、「スリムノート」と横幅が短いスリムなノートが生まれました。
また、「ジレンマ」を出してみるのも有効です。
良いアイデアが出てこない背景は、「品質とコスト」や「スピードと正確性」など、たいてい何かと何かがバッティングしているんです。
例えば、椅子の企画をする場合、「かっこいいデザインにしたい」けど、「座り心地も大事にしたい」などです。
コンビニのコーヒーは、それまでの常識とジレンマから発想されていますよね。缶コーヒーは安いですが味は、まあそこそこになりがち。一方、喫茶店のコーヒーは本格的でおいしいけど大抵300円以上する値段で高い。
「値段を安く」と「本格的な味」が、コンビニコーヒーが発売される前のジレンマですね。
ジレンマを可視化できれば、2つの要素が両立する落としどころを探ればいいんだと気づけます。
「本格的なコーヒーを、缶コーヒーと同じくらいの値段で出すにはどうすればいいだろうか?」という発想の起点ができるわけです。
――なるほど、ジレンマはどうしようもないことだと思うのではなく、両立する方法はないかと考えるんですね。コクヨの商品でもそのようなものはありますか?
下地:コクヨでもネオクリッツという筆箱がヒットしましたが、これは「カバンに入れて持ち運びやすい形」と「机の上で必要な物を取り出しやすい形」というジレンマを解消したものです。
筆箱のジッパーを開けてカバーをめくるとペン立てのように筆箱が立ち、中に入れたペンが取り出しやすい形状をしています。
――常識とジレンマは、さまざまな場面で活用できそうですね。
下地:企画だけに限らず、問題解決にも常識とジレンマを書き出すことは役立ちます。
例えば、残業が減らないという課題があったとします。その場合、「うちの会社での、残業の常識は何だろう?」と書き出してみるんです。
「プレゼン前日は徹夜でもしょうがない」「営業はお客さまに言われたら、明日までに回答しないといけない」という常識があるなど、いろいろと出てくると思います。
残業のジレンマを考えるとすると「提案の品質をあげる」と「定時で変える」、もしくは「顧客満足度をあげる」と「効率的なサービスをする」という二律背反がみえてくるでしょう。
こうした、いきなりアイデアを考えるのではなく、今までの常識を違う角度からとらえたり、二律背反していたジレンマを明確にすることが、新たな発想を生むヒントにつながっていくわけです。
――メモ術と聞くと、気になった情報をとりあえずメモしていくイメージをもつ人が多いと思います。でも、メモをすることは目的ではなく手段で、どう考えるかが大切なんですね。
下地:今回の本は、『考える人のメモの技術』というタイトルですが、書いていることはある意味、「思考術」なんです。
どう思考すればアイデアが出やすくなるか、自分が経験したことをどうしたら未来に役立てられるか、という視点で書きました。
メモやノートを好きな方って多いですよね。情報はどうしても散漫になるので、何かいいまとめ方があるんじゃないかと、皆さん探していると思うんです。
しかし、すべての情報をきれいに分かるようにしておくのは難しい。そこにこだわりすぎず、自分が思考するためにメモを活用してほしいと思っています。
皆さんも、自分らしいメモの方法を見つけてみてください。ありがとうございました。
【大好評連載】
第1回 【コクヨのトップ社員が答える】ノートは1冊にまとめるべきか? キレイに書くべきか?
第2回 「スマホメモ」を、今すぐ「手書きメモ」に変えたほうがいい4つの理由
第3回 「これ、どう思う?」と聞かれて、自分の言葉で返せる人・返せない人の差
コクヨ株式会社 ワークスタイルコンサルタント
エスケイブレイン 代表
1969年神戸市生まれ。1992年文房具・オフィス家具メーカーのコクヨに入社。オフィス設計者になるが顧客対応が下手すぎて、上司や営業に怒られる日々が続く。常に辞めたいと思いながら働いていたが、5年後、コクヨがフリーアドレスを導入したことをきっかけに「働き方とオフィスのあり方」を提案する業務に従事し、ワークスタイルを調査、研究する面白さに取りつかれる。以来、行動観察、デザイン思考、ロジカルシンキング、リーダーシップなど、働く人の創造性と生産性を向上させるスキルやマインドの研究を続け、これまでにビジネス書を当書籍を含め10冊出版。常にメモを取りながら、自由で豊かな働き方を実践するためのアウトプットを続けている。
コクヨにおいても、顧客向け研修サービス、働き方改革コンサルティングサービスの企画など数多くのプロジェクトマネジメント業務に従事。未来の働き方を研究するワークスタイル研究所の所長、ファニチャー事業部の企画・販促・提案を統括する提案マーケティング部の部長などを経て、現在はコーポレートコミュニケーション室室長としてコクヨグループのブランド戦略や組織風土改革の推進に取り組んでいる。同時に新しい働き方を模索して複業ワーカー(エスケイブレイン代表)としてのビジネススキルに関するセミナーや講演、YouTube動画配信などの活動も積極的に行っている。