多くの企業が取り組む「ESG経営」。社会での重要性は高まっているものの定着しているとは言いがたい。しかし、すべてのステークホルダーの利益を考えるESG経営こそ、新規事業の種に悩む日本企業にとって千載一遇のチャンスなのである。企業経営者をはじめとするビジネスパーソンが実践に向けて頭を抱えるESG経営だが、そんな現場の悩みを解決すべく、「ESG×財務戦略」の教科書がついに出版された。本記事では、もはや企業にとって必須科目となっているESG経営の論理と実践が1冊でわかるSDGs時代を勝ち抜く ESG財務戦略』の出版を記念して著者である桑島浩彰氏、田中慎一氏、保田隆明氏にインタビューを行なった。※過去の記事はこちら

スーパーマーケットPhoto: Adobe Stock

意識高い系のシリコンバレーで車に乗るなら

――ESGへの取り組みの深度は、各国・地域によってまちまちとのことですが、「ここは!」という地域はありますか?

田中慎一(以下、田中):たとえば、アメリカの西海岸、オーストラリア、ヨーロッパのベネルクス三国(ベルギー、オランダ、ルクセンブルク)といった地域の消費者の意識は、先進的な部類に入るのではないでしょうか。ポジティブに言えば「進んでいる」というイメージを私は持っています。

桑島浩彰(以下、桑島):アメリカの西海岸、カリフォルニア州北部の沿岸部に位置するシリコンバレーは間違いなく「先進地域」の1つですね。企業サイドはもちろん、身近なことも含めて、日を追うごとにサステナビリティの追求が進んでいるのを実感しています。

 私の専門の自動車分野の例を挙げると、シリコンバレーでガソリン車に乗っていると「イケテナイ感」「クールじゃない感」があって、「乗るならEVだよね」というピアプレッシャーを最近とみに感じるようになりました。

 また、2022年は新車ラッシュの年ということもあって、EVの種類がものすごく増えました。これまでだったら、EVといえば、イーロン・マスクのテスラか、日産のリーフくらいしか走っていませんでしたが、ここに来て、ピックアップトラックのリビアン、ボルボ/吉利傘下のポールスター、フォルクスワーゲン、アジア勢では韓国のヒョンデ(現代自動車)、キア(起亜自動車)なども相次いでEVの新車を市場に投入しています。

 身近な例でいえば、「ベットボトル飲料」が急速に姿を消していっています。アメリカの中でも、シリコンバレーがサステナビリティの意識が高い地域であることも影響していますが、スタンフォード大学といった教育機関、あるいはホテルなどの宿泊施設に置かれているミネラルウォーターの容器が、「ペットボトル」から「アルミ缶」へ次々と切り替えられています。サンフランシスコの空港でもペットボトルの水はもう買えないので、飲み物を入れた水筒を持ち歩いている人が多いですね。

 アルミニウムを生産・リサイクルする際に、二酸化炭素がどのくらい排出されるのかは冷静に考える必要がありますが、ペットボトルに対する「嫌悪感」が浸透しつつあるのは確かです。

田中:ヨーロッパはまた少し違って、まだまだペットボトルが多い印象ですね。ホテルに行けば、瓶に入った水も置いてありますが、私が訪れた地域のスーパーマーケットはほぼ100%ペットボトルでした。

 ただ、日本との違いでいえば、日本のエビアンのペットボトルは「リサイクル率10%」という表示に対して、ヨーロッパでは「100%」となっています。

なかには真偽不明のオプションも

桑島:航空業界関連でいえば、飛行機のチケットに「飛行機に乗ることで、あなたはこれだけCO2を排出したことになります」というメッセージが印字されていたりもしますね。

 また、「お金を追加で支払うと、あなたのフライトはカーボンオフセットになります」というオプションも登場しています。フライトにもよりますが、アメリカ国内線で相場は往復20ドルくらいですね。

田中:「排出権を買う」ようなイメージなんでしょうね。

保田隆明(以下、保田):その手のオプションのなかには、トラック&トレースすると、「実は何もやっていませんでした」「単に企業の収益になっていました」ということもあるみたいですよ。

田中:そうやって考えると、「この飛行機はバイオ燃料で飛ばしています」と宣言するほうが、説得力というか、納得感があるのではないでしょうか。

桑島:「持続可能な航空燃料」(SAF=Sustainable Aviation Fuel)と呼ばれるものですね。アメリカでは、ユナイテッド航空、アメリカン航空といったメガキャリアよりも、本書でも取り上げているジェットブルー航空、アラスカ航空といったローコストキャリアのほうが採用が進んでいると言われています。

スーパーマーケットで自己主張する商品たち

桑島:アメリカの事例を続けると、ホールフーズ・マーケットといったスーパーでは、サステナビリティ関連の物だけを集めたコーナーを頻繁に見かけるようになりました。先述した飛行機のオプションと同じで、どういうメカニズムかわからないものもありますが、「この牛乳を買うと、二酸化炭素削減につながります」というように、サスティナビリティ性を主張する製品がいくつも出てきています。植物由来の原料から成るプラントベースドフードはその代表格ですね。

 あとは、近年日本でもよく見かける紙のストローはシリコンバレーでも主流になっていて、スタバのカップもバイオディグレーダブルに切り替わるなど、サステナブルな製品に出合う頻度は日を追うごとに確実に増えています。

田中:ヨーロッパの金融サイドの事例を挙げると、ベネルクス三国や北欧の機関投資家は急進的な動きをするイメージが強いですね。「CO2をもくもく排出しているような会社の株はもう売っぱらってしまえ」ということで、実際に投資先の石油化学企業の株式を売却したり、そのような投資家からの要請を受けた事業会社が石油化学関連事業ごと売却しているケースもあります。

 ただ、買い手は買収した事業を継続するわけですから「売ってしまえば、それで解決」とはならないことには留意しておく必要があります。

桑島:そのあたりの論点については、世界的なジレンマの1つですね。ここではシリコンバレーの先進的な事例を取り上げていますが、アメリカ全体でいえば、課題や矛盾点はまだまだたくさんあります。

 たとえば、アメリカは世界でもトップクラスの食肉消費量を誇る国ですから、肉を生産する際の二酸化炭素の排出をどうするかについては、まだまだこれからの課題と言えるでしょう。また、ゴミの分別ひとつとっても、ようやく日本の水準に追いついてきている程度ですから、進んでいる点だけに注目すると、全体像を見誤ってしまうことになりかねません。

 ただ、アメリカはトップダウンのカルチャーが強い国でもあるので、一度決めたら一気に変わっていきます。そのあたりのスピード感、ダイナミズムは、私たち日本人もしっかりとウォッチしておいたほうがいいと思います。