森林は「インターネット」であり、菌類がつくる「巨大な脳」だった──。樹木たちの「会話」を可能にする「地中の菌類ネットワーク」を解明した『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』がいよいよ日本でも発売された。刊行直後から世界で大きな話題を呼び、早くも映画化も決定しているという同書だが、日本国内でも養老孟司氏(解剖学者)、隈研吾氏(建築家)や斎藤幸平氏(哲学者)など、第一人者から推薦の声が多数集まっているという。本書の発刊を記念して、本文の一部を特別に公開する。

【キノコはすごい】地中に広がる「菌類ネットワーク」の驚くべき世界Photo: Adobe Stock

私たちが「キノコ」だと思っているものは、
巨大な菌糸ネットワークのごく末端にすぎない

 ヌメリイグチ属のキノコが、何年か前に根づいた若木の近くに隠れるようにして生えていた。うろこ状の、パンケーキのような傘の下はスカスカで黄色く、肉づきのいい柄の先端は土のなかだった。

 驟雨のなか、キノコは林床の地中深いところに枝状に張り巡らされた菌糸の緊密なネットワークからニョッキリと顔を出したのだ。ちょうどイチゴが、根とほふく茎の巨大で複雑な集合のなかで実を結ぶように。

 土のなかの菌糸からエネルギーを受け取ってキノコは傘を広げ、茶色い点々のある柄の半分くらいのところまで、レースのようなヴェールに包まれていた痕跡が残っていた。

 私はそのキノコを摘んだ。この子実体を除き、キノコの大部分は真菌として地中にある。

 傘の裏側は管孔が放射状に広がって、まるで日時計みたいだった。

じつは土中の粒子の多くが、
菌類のネットワークに覆われている

 楕円形の穴の一つひとつに、クラッカーから飛び出る火花のように胞子を放出するための、極小の柄が並んでいる。胞子とはつまり真菌類の「種子」のことで、そこに詰まったDNAが結合し、再結合し、変異したりして、周囲の環境の変化に適した、さまざまな新しい遺伝物質をつくるのである。

 子実体を摘み取ったあとに残った色鮮やかな凹みの周りには、茶褐色の胞子が落ちて円を描いていた。それ以外の胞子は、上昇気流に乗ったか、飛んでいる虫の足にくっついたか、あるいはリスの夕食になったのだろう。

 まだキノコの柄の跡が残っている小さな窪みからは、細くて黄色い糸が下向きに伸びていた。

 絡み合い、複雑に枝分かれした菌糸体のヴェール。

 土を構成する何十億もの有機粒子や鉱物粒子はこのネットワークに覆われている。キノコの柄には、私がぞんざいに根元から引き抜くまではそのネットワークの一部だった糸の切れ端がくっついている。

【キノコはすごい】地中に広がる「菌類ネットワーク」の驚くべき世界パンケーキマッシュルーム(Suillus lakei)(『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』本文口絵より)

キノコはただの「分解者」なのか、
それとも何か「別の重要な役割」を担っているのか…

 キノコというのは、とても深くて複雑なものの、目に見えるほんの一端にすぎない──まるで林床に編み込まれた厚いレースのテーブルクロスのように。

 キノコを摘み取ったあとに残った糸は、リター(落ちた葉や小枝が溜まったもの)のなかを扇のように広がって、栄養になる無機物を探し、絡まり合い、吸収している。

 このヌメリイグチ属のキノコは、クヌギタケ属と同じように、木やリターを腐らせる腐朽菌なのだろうか、それともほかの役割があるのだろうか、と私は考えた。私はクヌギタケと一緒にそれをポケットに突っ込んだ。

(本原稿は、スザンヌ・シマード著『マザーツリー』からの抜粋に編集を加えたものです)