養老孟司氏、隈研吾氏、斎藤幸平氏らが絶賛している話題書『マザーツリー 森に隠された「知性」をめぐる冒険』──。樹木たちの「会話」を可能にする「地中の菌類ネットワーク」を解明した同書のオリジナル版は、刊行直後から世界で大きな話題を呼び、早くも映画化が決定した。待望の日本語版が刊行されたことを記念し、本文の一部を特別に公開する。
木々は自分たちの子孫を見分けている
私は雪のなかで、弟のために、オオカミたちに宿った弟の魂のために、キャンドルを灯した。高く逞しく聳え立ち、しっかりと亜高山モミを見守るロッジポールパインの樹冠が、私に影を落とした。
渓谷の岩と、凍った樹冠と、オオカミの群れが一つになったここに、私はいつまでもいたかった。
太陽が花こう岩の山頂の向こうに昇り、私は顔をそちらに向けた。いつまででもここにいたいと思いながら、私はサンドイッチを取り出した。
私は森に歓迎されているのを感じた。私には欠けているものは何一つなく、純粋で、汚れなく、心安らかだった。
食べながら私は、なぜ木々は──このアスペンとパインは──周囲の木に炭素(または窒素)を提供する菌根菌を助けるのだろう、と考えた。
自分と同種の個体、なかでも遺伝子系統が同じ個体とリソースを共有することが有益であるのは明らかに思えた。
樹木はその種子のほとんどを、重力、風、変わり者の鳥やリスの力を借りて、周囲の小さな範囲内に拡散する。つまり、ごく近いところに生えている木の多くは親戚なのである。
この草原の縁にかたまって生えているパインはおそらく同じ遺伝子系統を持つ一族であり、遠くの父親の木から飛んできた花粉によって遺伝子が多様化したと考えられる。
「親」である木と周囲の木は遺伝子の一部を共有しており、親木は、子孫である稚樹に炭素を分け与えてその生存率を高めることで、自分の遺伝子を確実に後世に伝えようとしているのだ。
その後の研究で、一つのパインの木立ちの少なくとも半数は根が接合していて、大きな木から小さな木に炭素が提供されることがわかっている。
血は水よりも濃いのである。
生態学的選択の観点から見れば、これは完全に理に適っている。ダーウィンの言うとおりだ。
(本原稿は、スザンヌ・シマード著『マザーツリー』〈三木直子訳〉からの抜粋です)