デキる人の「仮説思考」
デキない人の「網羅思考」
──仕事を任されたとき、データを集めるところから取りかかる人も多いと思います。
猿渡:将棋でたとえてみると、わかりやすいかもしれません。
「あらゆるデータを集め、その中からベストを選ぶ」というのは、AI(人工知能)が将棋の打ち手を考える方法と同じです。
考えられるすべての打ち手を列挙し、その中での最善手を打とうとする。
──「プロ棋士でもAIに勝つのは難しい」とよく聞きますが、すべての打ち手の中での最善手を選んでいるからなんですね。
猿渡:でも、これは何万通りの局面を同時に計算できるAIだからできるやり方であって、人間が同じことをしようとしたら、膨大な時間がかかってしまいます。
思いつく限りの方法をトライ&エラーでしらみ潰しに検証し続けていたら、いつまで経っても結論が出ません。
持ち時間をすぎてしてしまい、対局で勝てなくなります。
だったら、どうすればいいのか。
私は小学生から高校生くらいまで、将棋にのめり込んでいましたが、そのときに気づいたのは「仮説を出すことで思考時間を圧倒的に短縮できる」ということでした。
──仮説によって思考時間を短縮できる。
猿渡:将棋では目の前の局面と、自身のこれまでの経験や知識を踏まえて、一瞬で有力そうな手をまず数個に絞ります。将棋のルール上は指せる手は100手ほどありますが、その中で筋が良い数個を選択(=仮説を立案)し、その中でどれが最善手であるかを持ち時間の中で検証していく。
これはビジネスでも同じです。
ビジネスにも「持ち時間」がありますが、多くの人はそれに気がついていません。いくらでも時間をかけていいような気持ちになってしまうこともあるでしょう。
情報をできるだけ集め、数多くの分析をする「網羅思考」がクセになってしまっている人は多いのです。
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──「網羅思考」から「仮説思考」に切り替えるために、どんなことをしたらいいでしょうか?
猿渡:それほど難しく考える必要はありません。
日常生活でも、私たちは、仮説思考を無意識に活用しているものです。
たとえば、夏の天気のいい週末に運転しているとき、「この道路は海水浴場へ向かう道路と合流するから混雑するだろうな」と予想することがあります。
これも一つの「仮説」です。
──いわれてみれば、無意識に「仮説」を立てながら生活していますね。
「今日は週末の夜だから、スーパーが混んでいるだろうな」とか。
猿渡:その通りです。混んでいそうなら、「早めに出発する」とか、「別の方法を探す」とか、「仮の答え」を決めてから動いたりしますよね。日常生活では大きな意思決定でないことがほとんどなので、毎回データにあたるということはしないと思います。それを仕事でも少し取り入れていけばいい。
私がコンサルで働いていたときも、「仮説思考」は常に意識していました。
クライアント企業の課題が提示されたら、まず自分たちの知識と経験に基づいた仮説を立てる。その後、その仮説が確からしいか、詳細に分析を重ね、答えを精緻化していく。
──最初に立てた仮説が的外れだった、ということはないのでしょうか?
猿渡:もちろん、調べていく中で仮説がまったく間違っていることもあります。
その場合は仮説を修正し、新しい仮説をまた検証していく。ただし、そういう出戻りは少ないほうが理想的ではあるので、日頃のインプットが重要です。
たとえば私は、アンカー・ジャパンの主力製品がアマゾンで1日何個売れているのかは、頭に入っています。普段から、使用頻度の高い基礎データが頭に入っていると、「仮説」の精度やスピードを上げられます。
──なるほど……。仕事が速い人は、自分で「持ち時間」を決め、その時間内にベストな選択をするために、「仮説」を立てる訓練を常日頃から行っているんですね。
猿渡:繰り返しになりますが、合言葉は、「仮説が先でデータが後」です。
この習慣を持つだけで、仕事はグッと速くなります。
『1位思考』では、身近でできる仮説思考トレーニングや、ビジネスで仮説を立てるための「7つの武器」なども紹介しているので、まずはここから実践していただけたら嬉しいですね。
(本稿は『1位思考』に掲載されたものをベースに、本には掲載できなかったノウハウを著者インタビューをもとに再構成したものです)