サブスクリプションサービス(以下、サブスク)が盛り上がりを見せている。今ではサブスクを提供していない業種を探すほうが難しいくらいだ。ただ、サブスクを提供する業種は多いものの、苦戦している企業が少なくないのも実情である。
なぜ、サブスクがうまくいかないのか。創業間もない頃のセールスフォースに参画してCMO(最高マーケティング責任者)やCSO(最高戦略責任者)を歴任後、2007年に収益管理や料金回収システムなどサブスクサービス展開に必要な機能をクラウドで1000社以上に提供するズオラ(Zuora)を創業し代表を務めるティエン・ツォらがまとめた書籍『サブスクリプション』(ティエン・ツォ/ゲイブ・ワイザート、監訳・桑野順一郎、訳・御立英史)では、サブスクの本質といかに実践するかが語られている。本稿では、サブスクモデルの成功に欠かせない開発手法について一部抜粋して紹介する(構成・栗下直也)。

元セールスフォースCMO/CSOのズオラ創業者らが指摘「Gメールに象徴されるサブスク開発成功の条件」Photo:Adobe Stock

製品は生きて呼吸する

サブスクは顧客と太くつながるビジネスモデルだ。製品ありきの顧客志向ではなく、顧客をビジネスのど真ん中に据える。顧客の困りごとを明確にして、利益をわかりやすい形で示すプランを構築しなければいけない。

売って終わりではなく、売ってからも顧客との長期的な関係を築く必要がある。したがって、製品・サービスもつくって終わりではなく、つくり続けなければならない

Gメールのチームはこの考えをさらに一歩進め、「最終的な製品」という最後の部分をすっ飛ばしたのだ!自分たちが作っているのは静的なものではなく、生きて呼吸する製品なのだから、顧客をイノベーションとして参加させればいいじゃないか、ということに気づいたのだ。ずっとベータ版マインドセットでやっていくことに何か問題があるだろうか、と思い至ったのである。(p.202)

 たしかに、サブスクでは企業が提供する製品やサービスは常に変わる。サブスクの開発が永遠のベータ版開発ともいわれるゆえんだ。「ベータ版」とは、最終的な商品の前の、試験的に顧客に提供するものを指す。「モノを売る」時代には、ベータ版の提供で得られた顧客からの反応を見て、最終的な商品に仕上げた。

 ところがサブスク化されると、最終的な商品は存在しなくなる。顧客満足度を高めるために、顧客のデータを常に分析し、ニーズ対応のために商品の改良やアップデートを繰り返すことになるからだ。顧客の要望は途切れることはないので、商品やサービスは、いつでもベータ版だということになる。

 いくつか例を挙げよう。有名なのがグーグルのGメールだ。

2004年4月1日にGメールが初めてローンチされたとき、Gメールのロゴには「ベータ版(BETA)の文字が添えられていた。何百万という人々がGメールを使用するためにサインアップ(オンラインで行う利用開始手続き)したが、それはまだ開発中のべータ版だった。実際、その後5年間ベータ版であり続けた(p.200)

 なぜ、5年でベータ版と呼ばなくなったか。開発が完了したわけではない。

 大企業がベータ版を導入するのをためらったため、BETAの文字を外したに過ぎない。実際、利用者側の設定でBETAの四文字は表示できる。つまり、Gメールはいまだにベータ版なのだ。Gメールの開発方針は商品やサービスが当たるか外れるかの一発勝負の世界に別れを告げた象徴的な事象ともいえるだろう。

市場調査はもう要らない

「永遠のベータ版」はソフトウェアだけの世界のように映るかもしれない。「データを修正して改良できない業種にも通じるのだろうか」と疑問を抱く人は、英国のお菓子メーカーのグレイズの事例を知れば、業種を問わないことがわかる。

 同社は4種類のお菓子を詰めた箱を数週間ごとに顧客に送るサービスを展開する。顧客の声によって送られてくるお菓子は変わるが、単に組み合わせを変えるだけでない。

 特筆すべきは製造工程から顧客一人ひとりの「わがまま」に対応できるようになっている点だ。顧客の利用状況や利用行動のデータから、システムが勝手に顧客ごとの最適解を導き出し、本当に望むものだけを提供する。同社のCEOのコメントがいかに顧客の欲望と同社が向き合っているかを物語っている。

アンソニー・フレッチャーCEOは、ポケットから携帯電話を取り出し、「私はこの電話で工場を動かすことができます。供給業者も、ディストリビューターも、パッケージング業者も動かせます。私が出荷するすべてのボックスは一人の顧客を対象としています。その一人だけです。」と話した。(p.205-206)

 同社が米国市場に参入した際も、市場調査やユーザーインタビューは一切実施していない。米国向けの商品も開発していない。

そもそも、ヒット商品を生もうとしているわけでもない。なぜか?顧客に提供するサービスに市場調査がすでに組み込まれているからだ。(p.206)

 従来の商品を米国に投入しただけで、4カ月もするとシステムが市場に適応し、完全に顧客ひとりひとりの心を握ったのだ。

大型製品の開発は危険な賭け

 ヒット商品を生み出すイノベーションには事前の調査や根回しが必要なイメージがあるかもしれないが、それは21世紀の今となっては大きな幻想だ。むしろ弊害になるかもしれない。

 なぜならば、社運をかけての一発勝負は費用もかかるし、失敗した場合に仕切りなおすのには組織変更など負担も大きいためだ。何よりも、期間を区切っての従来型のプロジェクトモチベーション低下にもつながりかねないという。

イノベーションは何もない真空の中では起こらない。それは一定の期間にわたって1つのコンセプトを繰り返し追求したことの結果だ。一発勝負の大型製品の発売は、実際には燃え尽きへの入り口になる可能性がある。その結果、社員の生産性とインスピレーションも不健全なアップダウンを繰り返す。対して、アジャイル・ソフトウェア開発の利点は、持続可能な発展を支える環境を作り出す点にある。開発チームはイノベーションのペースを常に保てる組織でなくてはならない。それが状況対応を怠らず機敏に動くための唯一の方法だからである。(p.203)

 永遠のベータ版開発は終わりがない。もちろん、生身の人間が永遠に開発し続けるのは簡単ではない。物理的に不可能だ。だが、不可能だからこそ、必然的に社員や組織が開発し続けるのに持続可能な体制を模索することになる。

 以下は2001年にソフトウェアの開発者グループが集まってまとめられた次世代の開発方針だ。著者は「この原則はあらゆる種類のサブスクリプション・サービスに適用できる」と指摘する。

①プロセスやツールよりも個人と対話を
②包括的なドキュメントよりも動くソフトウェアを
③契約交渉よりも顧客との協調を
④計画に従うことよりも変化への対応を(p.202)

 顧客の要望は途切れることはないし、時に変わる。そこにどれだけ真摯に向き合い、「つながり」続けられるか――。サブスクモデルの開発の成否はそこにかかっている。