DX実現へのロードマップ古嶋十潤(ふるしま・とおる)
コンサルティング会社やスタートアップのIT系事業会社を経て、2022年12月に株式会社cross-X(https://crossx-10-tf.com/)を創業し、現職。コンサルティング会社在籍時にはパートナーとしてデータ・AI戦略プロジェクトの統括を担い、日系大手企業を中心にデジタル・DX戦略を推進。IT系事業会社在籍時には執行役員・本部長等として経営・事業マネジメントや東証マザーズ上場、資金調達を経験。現在は創業したcross-Xで、大企業のDX推進アドバイザリーやDX人材の育成支援等を担う。京都大学法学部卒業。著書に『DXの実務――戦略と技術をつなぐノウハウと企画から実装までのロードマップ』(英治出版、2022年)

DX戦略の構築後、いよいよDXの実務が推進されます。その際、留意すべきは“small start, quick win”です。小さく始め、確実に成功体験を積み上げて、徐々に大きな成果を、DXを通じて実現する。そのためには、どのようなステップアップをしていくべきか。連載5回目は、DXの難易度を左右する3つの要素に着目しながら、その方法論について解説します。

DXで取り組むレベルをステップアップ

 連載第1回第3回で「DX推進におけるロードマップ」を提示しました(図表1)。これは表現を変えれば、DXで取り組むレベルをステップアップさせていく道筋を示しています。今回はこの点について、より実務的な観点から解説します。

 DXとは、より実務的な視点から考えると、各種ITシステムと経営活動を統合し、統合前よりも高い成果を生み出すプロセスともいえます。その際、陥りがちな状況として、私は、「経営活動にITシステムを組み込むための根本的かつ必須事項を理解していない」場面を数多く見てきました。

 実務においては、多くの活動は「属人化」しているのが通常です。チームや個人ごとに扱うツールや用いるデータ、参加する会議体、承認プロセス、さらには個々人の働き方に至るまで、仕事の進め方は人によって千差万別です。このような中でITシステム等を導入して経営活動を効率化するということは、少なくとも以下の「3つのプロセス」を経ることと同義です。

1.社員によってやり方がさまざまな業務について、一定の範囲でタスク内容や処理プロセス等を標準化する
2.標準化したタスク内容や処理プロセス等を、システムに置き換える
3.システムが組み込まれた業務を、組織に浸透させる

 上記の3つのプロセスを経なければならない理由はさまざまですが、端的に言えば、「ITシステムは命令通りにしか動かないから」です。各人の仕事の仕方に合わせてITシステムが自律的にやり方を変えてくれるわけではありません。

 したがって、まずはITシステムによって置き換えられる作業そのものを、関係者全員で同一の処理を行っている状態、すなわち「標準化」しなければなりません。

 しかし一方で、この3つのプロセスを遂行するには、以下のような問題が頻発します。

・さまざまな要因が絡み、属人的な業務が一向に変わらない
・業務に無理やりITを組み込み、唐突に仕事の進め方が変わる
・ITが組み込まれた業務で現場が混乱し、生産性が著しく下がる

 これらの問題に対して万能なアプローチはありませんが、多くの現場を見てきた中で私が重要だと考えることがいくつかあります。

 まず大前提として、1~3に関わる方々には、「現場を助ける、現場の役に立つという強いモチベーションを持ちながら、実務を推進していく姿勢と行動が求められる」ということが不可欠です。現場に受け入れられないアプローチは、遅かれ早かれ頓挫する、もしくは組織のモチベーションを大きく毀損するケースが非常に多いです。

 一方、その過程で経営ビジョンのような「そもそもの目的」をぶれずに、現場に伝え続けることが欠かせません。

 1~3に限らず、DXの実務において関係者全体の納得・合意を得ながら少しずつ変革を実現していくことは、相当な根気と労力を伴います。しかし、一度大きく失敗して現場からの反感が生まれると、混乱が生じて現場の士気と生産性が下がった挙げ句、「あのとき失敗したではないか」というレッテルが長期的に貼られ、変革の機を逃してしまいます。

 故に、最初の第一歩となるDXプロジェクトは、成功確度が高く、現場から好評を得て、かつ経営が最終的に実現したいDXにとって重要な布石となるテーマを選定することが必要です。そして、そのための「目利き」が、中長期的な成否を左右します。

 こうした取り組みを議論していると、「現場の混乱は、ある程度は仕方がない。とにかく前に進めるべきだ」という経営を優先した意見を聞くことがあります。

 しかし、このような見解は端的に言って、DXそのものへの無知・無責任です。

 こういった経営方針がまかり通る企業では、常態化したトップダウンで重々しい空気が現場に広がり、往々にして現場任せの事業運営となっています。結果、社員の士気が下がり、離職の増加などの負のスパイラルに陥ることになります。

 前述した、ITシステムを導入して経営活動を効率化する「3つのプロセス」に、話を戻します。

 1の「一定の範囲でタスク内容や処理プロセス等を標準化する」には、現状の業務内容を精緻に理解し、属人化してしまっているポイントをあぶり出す必要があります。

 2の「システムに置き換える」には、属人化した業務をいかにして標準化するかを熟議し、得られた示唆をITシステム等の開発において要求定義・要件定義等に最大限活用します。

 そして、3の「組織に浸透させる」には、経営層、特に事業責任者が現場にコミットし、システム導入等による実務変化に組織全体が対応できるよう最後まで伴走します。

 なぜこのようなことをする必要があるのか。それは、「失敗するリスクを極小化」するためです。DXにチャレンジすることは重要ですが、DXの影響範囲は非常に大きいため、それが無謀な取り組みであってはなりません。

 DXによる混乱の度合いを極小化しつつ、組織浸透が完了する期間をいかにして短くとどめるか。これは、日本企業にとって最重要課題である「生産性の向上」に直結しており、多くのステークホルダーが強く求めていることです。