「一見、根拠のなさそうな直感」を現実に重ね合わせられる人・企業が、いま、マーケットに強烈なインパクトを与えている。そう語るのは、P&G、ソニーで活躍し、米国デザインスクールで学んだ最注目の戦略デザイナーであり、『直感と論理をつなぐ思考法──VISION DRIVEN』著者・佐宗邦威氏だ。彼の提案する「直感と論理をつなぐ思考法」は、先が見えない時代に必要な「感性ベース」の考え方。論理一辺倒の思考法に違和感を抱く人たちに大きな共感を呼んでいる。本書は、岡田武史氏(FC今治オーナー・元サッカー日本代表監督)や入山章栄氏(早稲田大学ビジネススクール准教授)など各業界のトップランナーたちに絶賛されているベストセラーだ。
今回は、本書より一部を抜粋・編集し、「プロジェクトを成功させる開発プロセス」について紹介する。(構成:川代紗生)

直感と論理をつなぐ思考法Photo: Adobe Stock

手を動かして具体化しながら考える

「これさ、このままだと売れないと思うよ。もっといいアイデア考えたほうがいいんじゃない?」

 市場調査・分析を重ね、度重なる議論でブラッシュアップし、パッケージの方向性も決まった。関係各所への見積もりも終わり、あとは、上司に最終チェックをもらうだけ──だと思っていたのに。

 土壇場でひっくり返され、最初からやり直しに。

 だったらなんで途中で言ってくれないんだ! と、上司に文句の一つも言いたくなる。

 こんな経験、誰しも一度はあるのではないだろうか。

 意見や指示がコロコロ変わる上司とのコミュニケーションに、現在進行形で悩んでいる人もいるかもしれない。

 このような問題を根本的に解決するヒントが、『直感と論理をつなぐ思考法──VISION DRIVEN』にある。

 とはいえ、ここで書かれているのは、上司に根回しするための交渉テクニックでも、お願いを聞いてもらうためのコミュニケーション術でもない。

 プロジェクトを進める手順として、「プロトタイピング」という方法が提案されているのだ。

 著者の佐宗邦威氏は、プロトタイピングについて、こう述べている。

ここでもう一度思い出してほしいのが、「手を動かして具体化しながら考える」という構築主義の思考法である。そこでは、発想のスタート時点において、箇条書きのメモのような文章ではなく、まず具体物(ビジョン)をアウトプットする。このように、試作品(プロトタイプ)によってアイデアをブラッシュアップしながら、同時に実現化に向けて歩き出す手法をプロトタイピングと呼んでいた。(P.216)

プロジェクト成功の鍵は
「具体化→フィードバック→具体化」の反復

 一般的な開発プロセスの場合、PCの前で何時間も企画書を練り上げたり、議論を交わしたりと、企画がかたちになる前段階に時間をかけることが多い。

 すべてが固まってからようやく開発に入る、というケースが多いはずだ。

 しかし、この「プロトタイピング」は、未完成でも、調査不足でも良いので、試作品(プロトタイプ)をまず作ってしまい、周囲のフィードバックを受けて改善していく、という開発プロセスなのだ。

 以下の図を見ると、わかりやすいだろう。

重要なのは、与えられた時間のなかで、どれだけ「具体化→フィードバック→具体化」を繰り返せるかである。(P.216)

 アイデアを思いついたら、まずフィードバックをもらい、フィードバックをもとに、アイデアを改善して、再度チャレンジする。

 この繰り返しで、アウトプットの質を高めていくことができるのだ。

「遅すぎる失敗」はビジネスにおいて致命傷

 この「プロトタイピング」の大きな利点の一つは、「早めに失敗できること」だ。

 冒頭で書いたエピソードのように、市場調査や分析、議論に時間をかけすぎ、ある程度進みきったあとで上司の「ちゃぶ台返し」が起こると、それまで費やしてきた時間がムダになってしまう。チームメンバーのモチベーションも損なわれるだろう。

 あるいは、上司がひっくり返さなかったとしても、たとえば、PRが顧客にまったく刺さらなかった……となったら、どうだろうか。

 社内で長時間の議論を重ねるうちにあらぬ方向に話が飛び、結果的に顧客目線を失った商品が出来上がってしまう……というのも、よくあるケースである。

実際の商品開発などの現場では、逆に、「遅すぎる失敗」の例が起きているかもしれない。とくにいまは時代の変化スピードがあまりにも早い。綿密な調査に基づいて、何ヶ月にもわたって会議を重ね、設計や材料調達が終わったところで、「……ところで、いまさらこんな商品、誰が買うのだろう?」となってしまうことがある。もはやこの段階では製造しないわけにはいかないが、無理にリリースしても結局売れないケースのほうが多い。これは「失敗するのが遅すぎる」のである。予測不可能なVUCAの時代だからこそ、「いかに早めに失敗するか」が重要なのだ。(P.219-220)

 佐宗氏が指摘するような「遅すぎる失敗」は、今後のビジネスにおいて、致命傷になりかねない。

 プロジェクト成功のために準備を整えることはもちろん大事だが、完璧な準備を求めすぎると、チャンスを逃してしまうかもしれない。

 実際、佐宗氏も、これを知ったのがきっかけとなり、仕事の手順が大きく変わったという。

デザインスクールでプロトタイピングメソッドを学んだことで、僕の仕事のやり方は根本的に変化した。締め切りや納期が1週間後であれば、まず1日目には手書きでラフな試作品をつくってしまい、翌日すぐに上司やクライアントに見せる。人と対話するなかで、自分がつくったものを「鳥の目」モードで客観的に見直し、修正するべきポイントを絞っていくのだ。(P.218)

最初のフィードバックで
「的確なアドバイス」よりも大事なこと

 本書には、プロトタイピングの手順について、具体的に解説されているため、そちらも参照いただきたいが、最後に、その中から重要なポイントの一つを紹介して、本稿を締めくくりたいと思う。

 完璧主義に陥ることなく、「早めの小さな失敗」を受け入れていくことは、プロトタイピングには欠かせない。そのためには、他人からの有益なフィードバックを得る必要がある。

 ここで重要なのが、「誰」に「最初のプロトタイプ」を見せるかだ。

 本書では「最初の評価者」の選定がいかに重要か、このように書かれている。

初期段階では、アドバイスが的確かどうか以前に、アイデアをしっかりと理解してもらい、ポジティブな反応をもらうことが欠かせないからである。プロトタイピングのよさは、表現の完成度と並行して、アイデアに対する「自信」なり「手ごたえ」なりを高めていけることにある。フィードバックのファーストステップでは、そうした自信をしっかりと醸成する必要があるのだ。(P.231-232)

 個人的には、的確なアドバイスよりもポジティブな反応が大事、というのはとても意外だった。

 どんな段階においても、厳しくとも的確なフィードバックをもらえることが何よりも重要だと思っていたからだ。

 しかし、自分自身のモチベーション管理も含めて総合的に考えると、「背中を押してくれる人」にフィードバックをもらうほうが、最終成果物のクオリティは上がりやすいのだろう。

 現代の日本ではまだまだ、「調査・分析」「議論」でしっかり地盤を固めてから「開発」に入る、というプロセスが主流だが、そんなやり方に疑問を持ったときは、一度「プロトタイピング」の手法を検討してみてはいかがだろうか。

 個人の目標から企業単位のプロジェクトまで、さまざまなことに応用できるメソッドである。