「一見、根拠のなさそうな直感」を現実に重ね合わせられる人・企業が、いま、マーケットに強烈なインパクトを与えている。そう語るのは、P&G、ソニーで活躍し、米国デザインスクールで学んだ最注目の戦略デザイナーであり、『直感と論理をつなぐ思考法──VISION DRIVEN』著者・佐宗邦威氏だ。彼の提案する「直感と論理をつなぐ思考法」は、先が見えない時代に必要な「感性ベース」の考え方。論理一辺倒の思考法に違和感を抱く人たちに大きな共感を呼んでいる。本書は、岡田武史氏(FC今治オーナー・元サッカー日本代表監督)や入山章栄氏(早稲田大学ビジネススクール准教授)など各業界のトップランナーたちに絶賛されているベストセラーだ。
今回は、本書より一部を抜粋・編集し、「人生の転機に訪れる3つの段階」について紹介する。(構成:川代紗生)

直感と論理をつなぐ思考法Photo: Adobe Stock

「人生の転機」に訪れる3つの段階

 『直感と論理をつなぐ思考法──VISION DRIVEN』を読んで、驚いた箇所がある。

 というのは、これまで頭の中でぼんやりとだけ描いていた「違和感の正体」を、詳らかにしてくれたからだ。

 第1章の冒頭では、「人生の転機」に訪れる3つの段階について解説されている。

 1. 終わらせる段階
 2. ニュートラルな段階
 3. 次のステージを探す段階

 本書では、アメリカの組織コンサルタント、ウィリアム・ブリッジスの提唱した「トランジション理論」をもとに、著者・佐宗邦威氏の見解や経験もふまえながら、「人生の転機」に訪れる変化の波をどのように受け入れ、乗り越えていけばいいのかが書かれている。

 きっと、「ああ、あのときの経験は、人生の転機を乗り越えるために必要なことだったのか」と、過去をふりかえって納得できる人も多いはずだ。

 あるいは、まだ大きなターニングポイントがない人にとっても、心構えができるだろう。

1. 終わらせる段階

 考え方・生き方がアップデートされるとき、まずはじめにやってくるのは、「終わらせる段階」だ。

 佐宗氏は、これについて次のように述べている。

いつのまにか現れた停滞感や退屈さは、あなたがこれまでのステージを終わらせて、次に向かおうとしている証にほかならない。惰性で続けている生活習慣・仕事・人間関係などをしっかり終わらせる。終わらせることで、新たなものを受け入れる「余白」をつくるのだ。(P.62)

 たとえば、ビジネスパーソンとしての成長が止まっている焦りを感じながらも、居心地の良い職場から離れる勇気を持てない。よくあるケースだ。

 あるいは自分の意思ではなくとも、転勤や病気、事故など、外部要因で強制的に「終わらせる段階」がやってきてしまった、という人も多い。

 「古いものを捨てなければ新しいものは入ってこない」ともよく言われるが、築き上げてきた地位や、安定した人間関係、必死に努力しなくてもいい環境を捨てるのは、勇気がいる。

 「この場所に留まるべきか、次に進むべきか」と、2つの道で迷い続けている人も多いはずだ。

 そこで思い切って「次に進む」を選び、心機一転、新しいステージへ……とすぐに気持ちが切り替えられればいいのだが、「トランジション理論」によれば、そうもうまくいかないらしい。

 次にやってくるのが、「ニュートラルな段階」だ。

2. ニュートラルな段階

 慣れ親しんだ環境や習慣、ときには人間関係を「終わらせた」ことによって生まれた余白。

 このニュートラルな段階では、ここに何を入れるべきなのか、本当にこれでよかったのか、迷いの期間がおとずれるという。

 なかには一度した決断を後悔して、戻りたくなってしまう人、一度「終わらせた」はずのものを再度手にしたくなる人もいるだろう。

過去のステージに別れを告げると、方向感覚が失われて不安が生まれるが、日々の自分の感覚に意識を向け、むやみやたらと動かないことが重要だとされる。(P.62-63)

 この不安定な時期を乗り越えた先にこそ、最終段階の「次のステージを探す段階」があるのだ。

3. 次のステージを探す段階

あれこれ探し回るなかで、そのうち自分が進むべき方向にピンとくるものが現れるだろう。そこからはモードを切り替えて、活発に動いていくだけだ。人は多かれ少なかれ、このようなプロセスを経ながら「転機」というものをくぐり抜けている。(P.63)

 このように、「転機」とは一瞬ですっぱりと終えられるものではなく、ときには長期間に渡って、ふらふらと移ろう心と向き合いながら乗り越えなければならないものなのだ。

「人生の転機」が訪れるサイン

 さて、さらに興味深いのは、この「トランジション理論」をふまえた佐宗氏の見解だ。

 彼は、この3つの段階のうち誰にとっても顕著なのは、「終わらせる段階」に生まれる「違和感」だと語っている。

それまでは楽しかったはずの仕事や趣味が、途端に彩りを失い、面白みが感じられなくなる。このような「モノクロの日常」を感じたら、トランジション(移行)のタイミングが迫っていると考えたほうがいい。心が「次なるチャレンジ」を求めているのに、頭がそれに気づいていないというサインなのだ。(P.63)

 退屈さそれ自体を憎む必要はなく、むしろ、転機が訪れるサインとして捉える。

 代わり映えのしない日常に飽きてしまったからといって、より強い刺激を求めてあれこれ行動を起こすよりも前に、まずは、「自らの心の声に耳を傾けるチャンス」としてこの期間を使うのだ。

「30代で自分の世界観をつくれる人」は
どうトランジションを乗り越えたか?

 思い返せば、筆者にとっての「転機」も、3つの段階を経ながら少しずつ進んでいくものだった。

 大きな転機を経験する前は、たとえば、他人に言われたひと言がきっかけで「私のやるべきことはこれだったんだ!」と目が覚めたようになり、すぐさま行動に移し、環境を変える……。こんなイメージを抱いていたが、実際には、数年かけてじっくりと移り変わっていくものだった。

 この「トランジション期間」は、たいていの場合、とんとん拍子にはいかない。「終わらせる段階」や「ニュートラルな段階」にいるときは、強い痛みを伴う人もいるだろう。

 事実、佐宗氏も20代後半にトランジションに直面し、うつで1年間会社を休むことになったそうだ。

 この何もしない期間に、自分のビジョンとはいったい何なのか、じっくりと向き合うことができ、そこで考え抜いたからこそ、会社を起業するまでに「自分がやりたいこと」に確信を持てるようになったのだという。

これはあくまで僕の実感値でしかないが、20代のころは比較的横一列でキャリアを歩んでいても、30代になると自分の独自の世界観をつくって活躍する人が、一気に世の中に出てくる。そういう人とサシで飲んだりすると、その多くが20代のころに一度ひどい挫折を経験したり、思い描いていたキャリアパスから転げ落ちたりした経験を語ってくれる。そしてたいてい誰もが、そのときのことに深く感謝している。(P.64)

 もちろん、あえて挫折しろと言いたいわけではない。スムーズにトランジションを終える人も中にはいるだろう。

 しかし、もし今現在、「トランジション」の苦しみの最中にいて、自分が前へ進むべきなのか、それとも元いた場所に戻ったほうがいいのかわからず、底無し沼に足を取られてしまったような感覚になっている人がいるのなら、本書のページをめくってみてほしい。

 さまざまなメタファーや具体例、理論の引用がされているため、読み終えるのにそれなりの時間がかかる。

 読み終えたあとは、濃密で、心地の良い疲労感を脳に感じる。

 ただ著者の意見をインプットすればいいわけではなく、自分の頭で考えながら読み進めなければならないため、「どういうことだろう?」「自分の場合はどうだろう?」という疑問符が次々に浮かんでくる。

 頭の中が凝り解されていくような感覚になるのだ。

「他人モード」にハイジャックされた脳をどう切り替える?

 本書によれば、私たちの脳は、「他人モード」にハイジャックされているのだという。

 決まった時間に出社し、通勤時間にはスマホでSNSをチェックする。休日に書店へ立ち寄ったときも、「仕事に役立つかどうか」を基準に選んでしまう──。

 このように、他人から受け取った情報に反応する「他人モード」の行動が、デフォルトになってしまっているのだ。

ふつうに生きていると、僕たちの脳はずっと「他人モード」になっており、「自分がどう感じるか」よりも、「どうすれば他人が満足するか」ばかりを考えている。(P.2)

 このように、「他人モード」が当たり前になっている状態から、「自分モード」に意図的に切り替えるのは、簡単なことではない。

 そのためにどんなことをすべきか、ノートに記録する「ジャーナリング」から、絵を描くワークまで、さまざまな方法が本書では紹介されている。

 古い価値観やつながりを捨て、何が待っているかわからない未知の世界に飛び込むには、大きな勇気がいる。

 トランジション期間の苦しさについて、著者はこう語っている。

トランジションのときというのは、一時的に周囲から認められなくなるタイミングでもある。そうした厳しい環境になって初めて、周囲に影響されない自分のビジョンや価値尺度を見つめ直せるのだろう。眩しすぎる世界から暗い世界にやってくると、自分が放っている光にようやく気づけるようなものだ。(P.64)

 今まさに、そういう期間に直面している、という人もいるだろう。

 どうすればいいかわからず途方に暮れているかもしれない。

 ぜひ一度、じっくりと本書を読み込んでみてはいかがだろうか。何かヒントが得られるはずだ。