「人種・民族に関する問題は根深い…」。コロナ禍で起こった人種差別反対デモを見てそう感じた人が多かっただろう。差別や戦争、政治、経済など、実は世界で起こっている問題の“根っこ”には民族問題があることが多い。芸術や文化にも“民族”を扱ったものは非常に多く、もはやビジネスパーソンの必須教養と言ってもいいだろう。本連載では、世界96ヵ国で学んだ元外交官・山中俊之氏による著書、『ビジネスエリートの必須教養「世界の民族」超入門』(ダイヤモンド社)の内容から、多様性・SDGs時代の世界の常識をお伝えしていく。(初出:2023年3月12日)

「世界の民族」超入門Photo: Adobe Stock

実はかなり難しい「アラブ人」の定義

 中東で多数派を占める「アラブ人」について見ていきましょう。

 ルーツは、主にアラビア半島に住んでいた遊牧民。

 7世紀にムハンマドがイスラム教を興したことで、より広いエリアのイスラム教徒を含めて今日のアラブ人となりました。

 一般的には、アラブ連盟加盟国を指し、北はシリア、南はスーダン、東はイラク、西はモーリタニアまでです。

 現在、アラブ人とは「アラビア語を使い、アラブ文化を持つ人。セム系の民族」と一般にいわれますが、当てはまる人があまりにも広範囲なために、その定義は難しいものです。

 人口が「推定三億五〇〇〇万人から四億二〇〇〇万人」と幅があるのも、アラブ人の定義が議論され続けているためでしょう。

 第二次世界大戦中、アラブ民族の地域協力機構としてアラブ連盟が発足しましたが、「アラブ連盟の国の人たち=アラブ人」というわけでもありません。

「アラブ連盟に入っていてアラビア語が公用語のモーリタニアはアラブ人の国に含めていいのか? いや、ベルベル語や現地のその他の民族の言葉を使う人も多い」
「モロッコにはアラブ人もいるが、ベルベル人も多い」

 こうした議論は結論が出ませんし、一般にはアラブ人とされていないけれどアラビア語が堪能なアフガニスタンの一部のイスラム教徒など「アラブ人的な人」もいます。

 ここでは「アラブ人は世界におよそ4億人」として、話を進めたいと思います。

 アラビア語には「カウミーヤ(アラブ民族)」と「ワタニーヤ(アラブ民族のなかの一国)」という言葉があります。1950年代から60年代にかけて、「アラブ民族である個々の国は一つになろう! アラブ民族国家を作ろう」という運動がありました。

 一時的には、エジプトとシリアが同じ国になったりもしていたのです。

 この運動が頓挫した理由は、アラブ人の定義が難しいのと同じで、広い地域のあまりにも大勢の人が「アラブ民族」だから。

 中南米と若干似ていますが、第二次世界大戦までは、ヨーロッパの異なる国の植民地になっていたり、オスマン帝国の支配を大きく受けていたり、あまり受けていなかったりで、なかなか一つにはなりにくかったと思われます。

イスラム教徒を生んだアラブ人のプライド

 アラブ人に共通する誇りは、「アラブ人こそイスラム教の発祥であり本家本元」というもの。

 ムハンマドが亡くなった後、ウマイヤ朝あたりまでは、アラビア語を話すアラブ人たちがイスラム世界の支配階級でした。

 イスラム教徒の拠りどころとなるコーランは、基本的にアラビア語で書かれているものだけを指します。

 現実には、マレーシアやインドネシアなど、文法的に大きく異なる言語を使うイスラム教徒も存在するので多言語に翻訳されていますが、正式なコーランはやはりアラビア語なのです。

 アラブ人であれば、国が違おうと、部族語や方言を用いようと、標準語としてのアラビア語(フスハと呼ばれます)、すなわちフスハで書かれているコーランを理解することができます。

 アラビア語がここまで広まり、長く使われているのは、イスラム教と不即不離の言葉だからです。

 仮にイラク人が、遠く離れていて方言が大きく違うモロッコを訪れたとしても、標準アラビア語で会話ができます。

 地理的に離れていて長期にわたって絶縁に近い状況なら、言葉はそれぞれ変わってくるはずですから、恐るべきコーランの力だといえます。

 アラブ人が抱く「アラビア語は非常に美しい神の言葉である」という誇りを、決して軽んじてはいけません。

 イスラム教国に旅をすると、時間ごとにモスクから流れる祈りの言葉「アザーン」が聞こえてきますが、確かに優しく、耳に心地良いものです。さらにアラビア文字は書いても美しいとされ、書道が芸術文化になっています。

 イスラム教は偶像崇拝を禁じていて、神の姿形は描けない。だからこそ、神の言葉を記す文字を美しく書くことを大切にしています。

 芸術文化の面から民族を理解することの重要性がわかります。