2045年にAIのシンギュラリティが来るという説がある。それによって人類が絶滅するという話もあるが、もし不安に思うなら、「すでに起きてしまったシンギュラリティ」を学んでみるのはどうだろう。実はこの地球はすでに一度シンギュラリティを経験しているのだ──。ユーモアたっぷりに教えてくれるのは、ロングセラーとなっている『若い読者に贈る美しい生物学講義』。分子古生物学者である著者が、身近な話題も盛り込んだ講義スタイルで、生物学の最新の知見を語っている。
養老孟司氏「面白くてためになる。生物学に興味がある人はまず本書を読んだほうがいいと思います。」、竹内薫氏「めっちゃ面白い! こんな本を高校生の頃に読みたかった!!」、山口周氏「変化の時代、“生き残りの秘訣”は生物から学びましょう。」、佐藤優氏「人間について深く知るための必読書。」と各氏からも絶賛の声。本稿では本書より一部を抜粋・編集して「生物のシンギュラリティ」について紹介する。(構成:小川晶子)

若い読者に贈る美しい生物学講義Photo: Adobe Stock

自分の代わりに仕事をしてくれるロボットのはずが…

 最近、ファミレスでよくロボットに会うようになった。筆者の自宅近くの店では、ロボットが料理を運んでくれるようになって、客からのクレームが減ったという。

 相手が人間だと一言言ってやりたくなる人も、「ロボットだから、まぁ仕方ないか」と思えるのだろうか。

 ロボットの導入で、余計な仕事が減ったのであれば喜ばしいことだ。

 そう思う人もいれば、この先ロボットに仕事を奪われる不安を感じる人もいるだろう。

 人工知能(AI)の進歩はめざましく、近いうち「シンギュラリティ」が来るとも言われている。

シンギュラリティとは技術的特異点と訳されるが、今までのルールが使えなくなる時点のことだ。具体的には「人工知能が、自分の能力を超える人工知能を、自分で作れるようになる時点」のことである。
(P.80)

 こうなれば仕事が奪われるどころではない。とんでもない能力のロボットが地球を支配するのかもしれない。

すでに一度起こっている「シンギュラリティ」

 本書では、「農業ロボット」に関する架空のストーリーを用いながらシンギュラリティを説明している。ざっくりお伝えするとこんな内容だ。

怠け者の男が、自分の代わりに働く農業ロボットを作った。しばらくは、ロボットが壊れるたびに、男が新しいロボットを作っていた。

しかし自分でロボットを作るのが面倒だった彼は、ある時農業ロボットに自分のコピーを作る機能を追加した。

ただ、「ロボットが作るロボット」の性能には多少のバラつきがあった。

とはいえ性能に大差があるわけではなく、また当初は1体のロボットが作れるロボットが1体だけだったので問題はなかった。


しかし、ある時ひょんなことから2体のロボットを作れる個体が生まれた。このことが状況を大きく変えた。

ロボットには、自分で燃料を補給する能力があったが、男の家には、限りある燃料しかなかった。結果として、ロボットのなかで淘汰が起こった。

性能が良いロボットだけが燃料を得て生き残り、そのロボットが作ったロボットのなかで性能が良かったものだけがさらに生き残っていく。

最終的には、人間よりも有能になったロボットが、自分で燃料を採掘するようになり地球全体を支配していく……。

 SFチックな面白いストーリーで、いわゆるAIのシンギュラリティの話のようにも見える。

 しかし、実は「生物のシンギュラリティ」を説明しているのが秀逸だ。

 生物のシンギュラリティとは何だろう。

 著者の更科功氏曰く、「自然選択が働き始めたときがシンギュラリティ」だという。自然選択とは、環境に合わせて生き残るものとそうでないものが出るということだ。

 ランダムな突然変異の中で、環境に適応するものが生き残っていくというのはダーウィンの「進化論」でおなじみである。

 農業ロボットの例で言えば、一体のロボットが複製を二体作るようになった時点がシンギュラリティになる。

 この時点で自然選択が働き始めるのだ。自然選択が働く条件には二つあり、この二つの条件がそろえば必ず自然選択が働き始めると言う。

(一)遺伝する変異があること。
(二)大人になる数より多くの子どもを産むこと。
(P.88)

「遺伝する変異」とは、たとえば普通より首の長いキリン(エサがたくさん食べられるので生存に有利であると仮定)がいたときに、その特徴が子どもに遺伝するということである。

 首の長さが遺伝しないのであれば、自然選択は働かない。

 農業ロボットは自分の複製を作るが、100%同じものを作れるわけではなく、毎回ほんのちょっとずつ違う。

 性能が1.0のロボットから、0.9のロボットや1.1のロボットが生まれるわけだ。ただ、複製を一体作って、自分が壊れるのであれば問題はない。

 今回は前より性能がいいな、今回はイマイチだな……が繰り返されるだけである。ところが、あるとき複製を二体作るようになったことでシンギュラリティが起きた。

 燃料をめぐって性能のいいほうが生き残るようになる。すると性能の高いロボットがまた性能の高いロボットを作るので、どんどん性能が高くなっていく。

 もはや、この農業ロボットを作った男にはコントロールできなくなってしまった。次第に自分たちで燃料を探したりするようになり、数も増えていったのだ。

不正確な複製を作ることがポイント?

 生物は、自然選択が働き始めたことで、四十億年もの間存在し続けることができるようになった。

 多様な進化をした。素晴らしいシンギュラリティである。これがなければ、海の中の単細胞生物のままだし、どこかで絶滅していただろう。

 もしも自分の複製を作ることができるロボットがいるなら、これに学んで「ちょっと不正確な複製」を作ることだ。

 完全に同じであれば、環境の変化に適応できず全滅することだってある。多様性が生き残るポイントである。

 まぁ、配膳ロボットのように人間がロボットをコントロールしている限りは、同じ種類のロボットの中に多様性があっては困るのだろうけど……。

 さて、AIのほうのシンギュラリティは、どうなることだろうか。