「健康のために続けたいのに続けられない、やめたいのにやめられない」。そんな悩みをお持ちの方、多いと思います。健康法を知っているだけでは健康にはなれません。本当に正しいとされている健康法を、きちんと行動に移し、毎日無理なく続けるためには技術が必要です。本連載の「健康になる技術」とは、健康でいるために必要なことを実践するスキルです。簡単に言うと、健康になるために「What(何)」を「How(どのように)」行ったら良いのか、自分の環境や特性(弱点・強み)に合わせて実践する技術のこと。本連載では、話題の著書『健康になる技術 大全』の著者、林英恵が「食事」「運動」「習慣」「ストレス」「睡眠」「感情」「認知」のテーマで、現在の最新のエビデンスに基づいた健康に関する情報を集め、最新の健康になるための技術をまとめていきます。健康のための習慣づくりに欠かせない考え方や、悪習慣を断ち切るためのコツ、健康習慣をスムーズに身につけるための感情との付き合い方などを、行動科学やヘルスコミュニケーションのエビデンスに基づいて、丁寧にご紹介していきます。今回は、「体を動かす習慣をつけるために、必ず覚えておきたい大切な1つのこと」についてです。(写真/榊智朗)
監修:イチローカワチ(ハーバード公衆衛生大学院教授 元学部長)
思い立ったらすぐ行動できるようになる「アクションへのキュー出し」
前回、習慣をつくる上で一番大切なことは、今のみなさんの生活環境の中に、新しく習慣づけたいことを組み込むことであると述べました。
今回は、体を動かす習慣についてお伝えしたいと思います。
体を動かす習慣を作るのに大切なことの1つが、決断をすることです(*1)。
決断する時に、寒い、面倒、時間がないなどと感じ、感情に負けてしまいがちになります。そんな時、さっとスムーズに決意し、行動できるよう、あらかじめ環境を整えておきましょう。
まず、ウォーキングの習慣を身につけたい場合は、ウォーキングがどのような動作から成り立っているのか分解して考えてみましょう。そして、分解された最初の行動と、普段から常に行っている行動(ここでは食器を洗い終える)が動作としてスムーズに結びつくようにするにはどうすれば良いかの作戦を練ってください。
さらに、これらの一連の行動をスムーズにするための工夫があると良いでしょう。思い立った時にすぐ行動したり、それを見てある行動を思い出すようなサインのことを、専門用語で「アクションへのキュー出し(cue to action・キュー トゥー アクション)」といいます(*2)。
前述の過程の中で、さらに行動の実行率を高めるような、アクションへのキュー出しを仕掛けておくことです(*3)。
同じような状況(場所・時間)で繰り返しの行動を行うと、習慣化しやすい
例えば、夕食が終わる頃を狙ってリマインダーとなるようなアラームを仕掛けておいたり、食器を洗ってトイレに行くまでの動線上に着替えを置いておいたり、ウォーキングへのモチベーションが上がるように、玄関先に勇気づけられるような言葉や格言を貼っておいたりすると良いでしょう。
習慣づくりのコツとしては、同じような状況(場所・時間)で繰り返しの行動を行うと、習慣づくりがしやすいといわれています(*4)。
最も大事なことは「状況の安定性」です(*1,5)。いつも自分が必ずやっていることに新しい習慣をくっつけて、流れを作ってください。
たまにしか食器を洗わない人は、この戦略は当てはまりませんので、「帰宅後すぐに」など、毎日すでに行っていることにくっつける形で別の設定を考えましょう。
状況の設定に関して重要なのは、すでにやっている1つの習慣に、新しく身につけたい行動を1つだけくっつけること。
悪い例は「食器を洗った後、歯磨きとウォーキングをする」です。これだと、どちらを最初にするのか、やる順番で全く違う状況になってしまいます。こうなると、状況の安定性が出ません。1つの安定した習慣に複数の行動をくっつけてしまうと、他の行動との混乱が起きるために、行動を習慣化する機会を逃してしまうこともわかっています(*5,6,7)。
であるならば、「食器を洗う→歯を磨く→ウォーキングをする」という状況を作り、その中で先ほどのように一つひとつの行動を小分けにし、動線や次の行動の合図を確保してください。
例えば、私は、よっぽどのことがない限り、朝、自分と夫の昼の弁当を作ります。普段は玄米をできるだけ食べるようにしているのですが、玄米は炊くのに時間がかかるので、朝布団から起きる時にくじけると、作る時間がなくなり、ランチは外食になるという流れになります。
外食は、お金もかかりますし、塩分や砂糖が多くなりがちです。さらに、私は量をたくさん食べるので、外食だと大盛りでも足りず、夕方勤務先から帰るまでにはスナック菓子を食べ出す事態になります。ランチを持参しないことで、色々な負の健康行動の連鎖が起こります。
最初の行動のハードルを低くし、その行動がスムーズに続くような流れを作る
この失敗パターンを繰り返すうちに、お弁当を作れない時は、朝起きてすぐに、玄米を量って、洗って、圧力釜で炊く動作を負担に感じていることに気がつきました。玄米は、圧力釜の方が炊飯器よりもふっくらおいしく炊けるので、時間がかかってもおいしさのためにそこは譲りたくありません。この行動パターンを変えるために、先ほどの動線の簡略化に努めました。
このような、色々な動作が組み合わさって達成できる、複雑な行動を身につけたい場合は、特に、最初の行動のハードルを低くし、その行動がスムーズに続くような流れを作ることが重要です(*1,5)。
私の場合は、今は、夜のうちに複雑な部分、つまり「玄米を量って、洗う」ところまでは終わらせ、朝起きたら、鍋をコンロにかければオッケーというスムーズな流れが起きる状況を作り出すことにしています。
動線も、寝室からキッチンまで起きてから一直線の動きでその動作が完了できるようにしました。これなら、半分寝ぼけていても、動作を行うことができます。夜は、明日もお弁当を持っていこうという明確な意図がありますので、そのうちに一番大変なプロセスを終わらせておきます。
また、それまで袋に輪ゴムを巻いて、戸棚にしまっていた玄米も、新しい米びつを買って目立つところに置き、量って洗うプロセスや動線をより簡略化させました。ここまでして、夜の決意を実現しやすくし、すべて揃えておけば、朝起きた時も(昨日あそこまで準備したのだから、ご飯を炊かないのはもったいない! という心理も働いて)スムーズに行動に移せるようになりました。
そして、アクションへのキュー出しとして、アラームが鳴る時に、携帯に「玄米を火にかける!」というメッセージ(リマインダー)が出るようにしています。
ジムに行くのであれば、ジムに行くまでの動線の第一歩が重要
例えば、週末にジムに行くのであれば、ジムに行くまでの動線の第一歩が重要です。つまり、着替えを持って、運動靴を履いて玄関を出るという最初の流れが作れれば、よほどのことがない限り、途中でやめたくなって帰る、いう流れにはならないでしょう。
そのために、着替えや運動靴を、明確な意図がある前日までに用意しておくのは良い方法だと思います。自転車に乗る時と一緒で、最初の踏み出しがうまくいくと、そのあとは、スムーズに前に進めるはずです。
この作戦により、弁当づくりの習慣の失敗は、驚くほどなくなりました。夫の職場では、愛妻弁当を毎日作る献身的な妻という私のイメージができあがったようです(笑)。
私にしてみたら、健康の習慣づくりを簡単にするために、心が折れてしまって行動できない原因を探し、自分の動線と状況を変えただけです(彼の名誉のためにも、食器の片づけはすべて夫が担当していることもつけ加えておきます)。今では、こうして朝を始めないと変な感じなので、習慣化は成功したのだと思います。
【参考文献】
*1 Verplanken B, Melkevik O. Predicting habit: the case of physical exercise. Psychol Sport Exerc. 2008;9(1):15-26.
*2 Glanz K, Rimer BK, Viswanath K. Health behavior: theory, research, and practice, 5th edition. San Francisco, California: Jossey-Bass; 2015.
*3 Carels RA, Burmeister JM, Koball AM, Oehlhof MW, Hinman N, LeRoy M, et al. A randomized trial comparing two approaches to weight loss: differences in weight loss maintenance. J Health Psychol. 2014;19(2):296-311.
*4 McGowan L, Cooke LJ, Gardner B, Beeken RJ, Croker H, Wardle J. Healthy feeding habits: efficacy results from a cluster-randomized, controlled exploratory trial of a novel, habit-based intervention with parents. Am J Clin Nutr. 2013;98(3):769-7
*5 Lally P, Gardner B. Promoting habit formation. Health Psychol Rev. 2013;7(S1):S137-58.
*6 Wood W, Neal DT. A new look at habits and the habit-goal interface. Psychol Rev. 2007;114(4):843-63.
*7 Kruglanski AW, Shah JY, Fishbach A, Friedman R, Chun WY, Sleeth-Keppler D. A theory of goal systems. Adv Exp Soc Psychol. 2002;34:331-78.
(本原稿は、林英恵著『健康になる技術 大全』から一部抜粋・修正して構成したものです)
パブリックヘルスストラテジスト・公衆衛生学者(行動科学・ヘルスコミュニケーション・社会疫学)、Down to Earth 株式会社代表取締役、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート特任准教授、東京大学・東京医科歯科大学非常勤講師
1979年千葉県生まれ。2004年早稲田大学社会科学部卒業、2006年ボストン大学教育大学院修士課程修了、2012年ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程を経て、2016年同大学院社会行動科学部にて博士号取得(Doctor of Science:科学博士・同学部の博士号取得は日本人女性初)。専門は、行動科学・ヘルスコミュニケーション、および社会疫学。一人でも多くの人が与えられた寿命を幸せに全うできる社会を作ることが使命。様々な国で健康づくりに携わる中で、多くの人たちが、健康法は知っていても習慣づける方法を知らないため、やめたい悪習慣をたちきり、身につけたい健康法を実践することができないことを痛感する。長きにわたって頼りになる「健康習慣の身につけ方」を科学的に説いた日本人向けの本を書きたいと思い、『健康になる技術 大全」を執筆した。
2007年から2020年まで、外資系広告会社であるマッキャンヘルスで戦略プランナーとして本社ニューヨーク・ロンドン・東京にて勤務。ニューヨークでの勤務中に博士号を取得。東京ではパブリックヘルス部門を立ち上げ、マッキャンパブリックヘルス・アジアパシフィックディレクターとして勤務後、独立。2020年、Down to Earth(ダウン トゥー アース)株式会社を設立。社名は英語で「実践的な、親しみやすい」という意味で、学問と実践の世界を繋ぐことを意図している。現在は、国際機関や国、自治体、企業などに対し、健康に関する戦略・事業開発、コンサルティングを行い、学術研究なども行っている。加えて、個人の行動変容をサポートするためのライフスタイルブランドの設立準備中。2018年、アメリカのジョン・ロックフェラー3世が設立したアジアソサエティ(本部・ニューヨーク)が選ぶ、アジア太平洋地域のヤングリーダー“Asia 21 Young Leaders”に選出。また、2020年、アメリカのアイゼンハワー元大統領によるアイゼンハワー財団(本部・フィラデルフィア)が手がける、世界の女性リーダー“Global Women’s Leadership Fellow”に唯一の日本人として選ばれる。両組織において、現在もフェローとして国際的な活動を続ける。
『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。著書に、『健康になる技術 大全」(ダイヤモンド社)、『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)がある。
https://hanahayashi.com/