健康法を知っているだけでは健康にはなれません。本当に正しいとされている健康法を、きちんと行動に移し、毎日無理なく続けるためには技術が必要です。本連載の「健康になる技術」とは、健康でいるために必要なことを実践するスキルです。簡単に言うと、健康になるために「What(何)」を「How(どのように)」行ったら良いのか、自分の環境や特性(弱点・強み)に合わせて実践する技術のこと。本連載では、話題の著書健康になる技術 大全の著者、林英恵が「食事」「運動」「習慣」「ストレス」「睡眠」「感情」「認知」のテーマで、現在の最新のエビデンスに基づいた健康に関する情報を集め、最新の健康になるための技術をまとめていきます。何をしたら良いのかはもちろんのこと、健康のための習慣づくりに欠かせない考え方や、悪習慣を断ち切るためのコツ、健康習慣をスムーズに身につけるための感情との付き合い方などを、行動科学やヘルスコミュニケーションのエビデンスに基づいて、丁寧にご紹介していきます。今回は、「がまんする方が体によくない」「私の周りでみんなやっているし」と。なぜ思ってしまうのか? についてです。(写真/榊智朗)
監修:イチローカワチ(ハーバード公衆衛生大学院教授 元学部長)

【健康になろうとすると出てくる厄介な考え方】「がまんする方が体によくない」「私の周りでみんなやっているし」となぜ思ってしまうのか?Photo: Adobe Stock

自分の考え方と行動の癖を知る

 健康になる技術を身につけるためには、「正しい」健康法(WHAT)と、それをどのように習慣づけるのか(HOW)が重要です。

 健康になるための習慣は、周りの環境の影響が大きいこと、そして健康習慣の特性上、身につけるのが難しいことがわかっています。健康習慣を身につける際、大前提として知っておきたい基本となる「認知」の話をします。「認知」というと、難しい感じがしますが、心配はいりません。これは、みなさんが健康になることを邪魔する「考え方の癖」のことです。まず、そこに意識を向けてみましょう。

 意識を向けることは、変わるための第一歩です。私は毎日ヨガをしていますが、ポーズができない時は、自分が気づいていない体の長年の癖が邪魔していることがよくあります。膝が内側に入っていたり、肩に力が入っていたり。こういう場合、癖のある場所に意識を向けるようにします。すると、まるで何かせき止めていたものがくずれて流れていくように、自然にポーズがとれるようになることがあります。

 認知についても、同じイメージです。まず知らないうちにみなさんの行動に影響を与えている、考え方の癖に気づくことから始めてみましょう。

 行動や習慣にできない理由が、意志の強さや性格の問題ではなく、誰にでも起こりうる「反応」だとわかるでしょう。すると、考え方の癖への反応を、客観的な自分の目で見られるようになります。そうなったらしめたもの。ここでは、私の仕事の経験上、健康習慣の妨げになる、ありがちな認知の癖を紹介します。さっそく、具体的に見ていきましょう。

健康になろうとすると出てくる厄介な考え方の癖①「がまんする方が体によくない」―認知不協和(Cognitive Dissonance・コグニティブ ディソーナンス)

 たばこやお酒、ジャンクフードなど、何かをがまんしないといけなくなった時、よく聞くセリフです。他に「○○(健康に悪いこと)しても長生きできる人がいる」「やめたらかえってストレスがたまってよくない」「○○(健康に悪いもの)でも、ちょっとなら健康にいいって聞いた」「○○を買うことで消費に貢献しているんだ」「せっかくいい雰囲気なのに、ここで○○しなかったら場がしらける」といった内容です。

 一言でいうと、自分が選択する行動の正当化。人は、2つの相反することに面した時、居心地の悪さを感じる生きものです。例えば、「たばこは体に悪いとわかっている自分」と「たばこを吸い続けている自分」は、つじつまが合いません。そうなった時に、つじつまを合わせるために、なんらかの理由をつけて、つじつまの合わない自分(認知の不協和を解消しようとするのです。

 一貫性のない自分の状態を変える方法は2つに1つ。たばこを吸う自分を変えるか、たばこは体に悪いと考える自分を変えるか

 前者を選択し、禁煙するのがもちろん一番いいのですが、そう簡単にいきません。そうなると「たばこは体に悪い」という認識を上回る、たばこを吸った方がいい理由を見つけようとします。これにより、自己矛盾している行動に一貫性を持たせようとするのです。

 聞きかじった情報、新しい知識、人の意見でも、理由はなんでも構いません。つじつま合わせは、たばこやアルコール、食生活、ドラッグをはじめとする健康に関する多くの分野で起こります(*1-3)。

健康になろうとすると出てくる厄介な考え方の癖②「私の周りでみんなやっているし」―バンドワゴン効果(Bandwagon Effect・バンドワゴン エフェクト)

 昔、「赤信号、みんなで渡れば怖くない」というギャグが流行りました。これは、まさに「バンドワゴン効果」を表した言葉です。

 つまり、赤信号で道路を渡ることは、誰もが危険だと知っていますが、「ほかの人たちもやっている」と思うことで、危険な行動でも、やるハードルが低くなります。

 バンドワゴンとは、英語で「パレードなどで楽器隊を運ぶ大きな乗り物」のこと。バンドワゴン効果とは、そこに自分も飛び乗るイメージから来ています。

 誰にでも、最初はそれほど興味がなくても、「みんながやっているから」とか「流行っているから」という理由で、思わず何かやった経験はあると思います。有名人を起用して流行に敏感な人が好んでいるように見せたり、多くの推薦文をウェブサイトに掲載したり、人気No.1と表現している広告は、この効果を狙った代表的なマーケティング手法です。

 人は周りに影響を受けやすい生きものです。自分の意思で行っていると思っている健康の行動や習慣でも、周囲の人やその場の雰囲気から、無意識のうちに影響を受けていることがたくさんあります。

 例えば、本当はそんなに好きではないものでも、周りのみんなが食べていると「食べてみても良いかな」と思うことがあるでしょう。人は、一緒に食事をする人の食べ方(量、食べるもの)に自然に影響を受けることがわかっています(*4)。

 また、英語では、社交的な(social)という意味を含めた、ソーシャルスモーカー(social smoker)(*5)やソーシャルドリンカー(social drinker)(*6)という言葉があります。これは、普段1人でいる時は喫煙や飲酒をしないのに、喫煙する人と一緒の時だけたばこを吸う人や、同様に人といる時にだけお酒を飲む人のことを指します。よくも悪くも、人間は周りの人に左右されてしまうのです。

 今回は、健康になろうとすると出てくる厄介な考え方として「認知不協和」「バンドワゴン効果」をご紹介しました。次回は、健康になろうとすると出てくる厄介な考え方をさらに3つご紹介します。

【参考文献】

*1 Chapman S, Wong WL, Smith W. Self-exempting beliefs about smoking and health: differences between smokers and ex-smokers. Am J Public Health. 1993;83(2):215-9.
*2 Brown JH, D'Emidio-Caston M, Pollard JA. Students and substances: social power in drug education. Educ Eval Policy Anal. 1997;19:65-82.
*3 Festinger L. A theory of cognitive dissonance. Redwood, California: Stanford University Press; 1962.
*4 Roberto CA, Kawachi I. Behavioral economics and public health. Oxford, U.K.: Oxford University Press; 2015.
*5 Schane RE, Glantz SA, Pamela M Ling. Social smoking implications for public health, clinical practice, and intervention research. Am J Prev Med. 2009;37(2):124-31.
*6 Sayette MA. The effects of alcohol on emotion in social drinkers. Behav Res Ther. 2017;88:76-89.

(本原稿は、林英恵著『健康になる技術 大全』から一部抜粋・修正して構成したものです)

【健康になろうとすると出てくる厄介な考え方】「がまんする方が体によくない」「私の周りでみんなやっているし」となぜ思ってしまうのか?林 英恵(はやし・はなえ)
パブリックヘルスストラテジスト・公衆衛生学者(行動科学・ヘルスコミュニケーション・社会疫学)、Down to Earth 株式会社代表取締役、慶應義塾大学グローバルリサーチインスティテュート特任准教授、東京大学・東京医科歯科大学非常勤講師
1979年千葉県生まれ。2004年早稲田大学社会科学部卒業、2006年ボストン大学教育大学院修士課程修了、2012年ハーバード大学公衆衛生大学院修士課程を経て、2016年同大学院社会行動科学部にて博士号取得(Doctor of Science:科学博士・同学部の博士号取得は日本人女性初)。専門は、行動科学・ヘルスコミュニケーション、および社会疫学。一人でも多くの人が与えられた寿命を幸せに全うできる社会を作ることが使命。様々な国で健康づくりに携わる中で、多くの人たちが、健康法は知っていても習慣づける方法を知らないため、やめたい悪習慣をたちきり、身につけたい健康法を実践することができないことを痛感する。長きにわたって頼りになる「健康習慣の身につけ方」を科学的に説いた日本人向けの本を書きたいと思い、『健康になる技術 大全」を執筆した。
2007年から2020年まで、外資系広告会社であるマッキャンヘルスで戦略プランナーとして本社ニューヨーク・ロンドン・東京にて勤務。ニューヨークでの勤務中に博士号を取得。東京ではパブリックヘルス部門を立ち上げ、マッキャンパブリックヘルス・アジアパシフィックディレクターとして勤務後、独立。2020年、Down to Earth(ダウン トゥー アース)株式会社を設立。社名は英語で「実践的な、親しみやすい」という意味で、学問と実践の世界を繋ぐことを意図している。現在は、国際機関や国、自治体、企業などに対し、健康に関する戦略・事業開発、コンサルティングを行い、学術研究なども行っている。加えて、個人の行動変容をサポートするためのライフスタイルブランドの設立準備中。2018年、アメリカのジョン・ロックフェラー3世が設立したアジアソサエティ(本部・ニューヨーク)が選ぶ、アジア太平洋地域のヤングリーダー“Asia 21 Young Leaders”に選出。また、2020年、アメリカのアイゼンハワー元大統領によるアイゼンハワー財団(本部・フィラデルフィア)が手がける、世界の女性リーダー“Global Women’s Leadership Fellow”に唯一の日本人として選ばれる。両組織において、現在もフェローとして国際的な活動を続ける。
『命の格差は止められるか ハーバード日本人教授の、世界が注目する授業』(小学館)をプロデュース。著書に、『健康になる技術 大全」(ダイヤモンド社)、『それでもあきらめない ハーバードが私に教えてくれたこと』(あさ出版)がある。
https://hanahayashi.com/