地球誕生から何十億年もの間、この星はあまりにも過酷だった。激しく波立つ海、火山の噴火、大気の絶えまない変化。生命はあらゆる困難に直面しながら絶滅と進化を繰り返した。ホモ・サピエンスの拡散に至るまで生命はしぶとく生き続けてきた。「地球の誕生」から「サピエンスの絶滅、生命の絶滅」まで全歴史を一冊に凝縮した『超圧縮 地球生物全史』(王立協会科学図書賞[royal society science book prize 2022]受賞作)は、その奇跡の物語を描き出す。生命38億年の歴史を超圧縮したサイエンス書として、西成活裕氏(東京大学教授)「とんでもないスケールの本が出た! 奇跡と感動の連続で、本当に「読み終わりたくない」と思わせる数少ない本だ。」、ジャレド・ダイアモンド(『銃・病原菌・鉄』著者)「著者は万華鏡のように変化する生命のあり方をエキサイティングに描きだす。全人類が楽しめる本だ!」など、世界の第一人者からの書評などが相次いでいる。著者ヘンリー・ジーが熊本大学で行った特別講義を連載でお届けする。(翻訳/竹内薫)

【世界の知性の白熱講義】私たちが持っている「人類への関心」というバイアスとは?Photo: Adobe Stock

この本は「物語」

超圧縮 地球生物全史』についてお話しさせてください。この本は「物語」です。私はこれまでたくさんの本を書いてきましたが、その前に書いた一番新しい本は『アクロス・ザ・ブリッジ』という本でした。これは専門書でした。

 その前に出版した専門書『脊椎動物の起源』を書いたきっかけは、私が大学院生だった頃、学部生に教えなければならなかったことです。

 脊椎動物の初期の起源について教えることになったのです。興味があったのですが、私の博士課程のテーマとは全く別のものでした。しかし、1980年代半ば、脊椎動物の起源に関する資料は非常に広く散在し、古くて不明瞭で、誰もそれらを1冊の本にまとめていないことに気づきました。

 そこで私は、自分が人に教えるために持っていたいと思うような本『脊椎動物の起源』を書いたのですが、これはとても奇妙な種類の本で、私が書いた初めての本格的な本だったのです。そして、一般向けの内容ではなく、かなり学術的な内容でした。20年以上前の話、1996年のことです。

 それから20年以上、多くの人から『脊椎動物の起源』の最新版を書いてほしいと言われましたが、私はそれを必死で避けました。やりたくなかったんです。

素晴らしい本を書いてみないか

 でも結局、ある学会で何人かの研究者と出版社に囲まれた部屋に追い込まれたんです。そして、私が書くことに同意するまでは、彼らは私を部屋から出してくれませんでした(笑)。そこで、『Across the Bridge: Understanding the Origin of the Vertebrates(橋を渡れば、脊椎動物の起源がわかる)』という新しい本を書きました。

 その後、私はもう本を書くまいと誓いました。というのも、この2冊は、ごく少数の読者のために、大変な労力を費やしたからです。

 そんなとき、ネイチャー誌の友人の1人、デビッド・アダムと話をしました。むかし、オフィスに通っていた頃、デビッドはネイチャー誌のニュースライターでしたが、彼もまた本を書いていたのです。実際、ネイチャーには本を書いている人が何人もいます。

 彼は私を励ましてくれました。「過去30年の間に君が論文掲載に関わった、生物の素晴らしい化石についての本を書いてみないか」と。

 それはいいアイデアだと思いました。そして、最終的には大幅な変更、執筆の冒険を経て、出来上がったのが『超圧縮 地球生物全史』です。

生命はどのように始まり、将来何が起こるのか?

 いろいろな方法を試した結果、この「物語」ができました。「生命がどのように始まり、何十億年もかけて何が起こったのか、そして将来何が起こるのか」。とてもシンプルな物語として伝えました。

 できるだけシンプルで魅力的なものにしたかったのです。ですから、この本にはたくさんの科学が登場しますが、そのほとんどは巻末の脚注に入れました。また、遺伝子やDNAなど、技術に関係することは一切触れていません。

 幸運なことに、学生時代からの友人で、50年ぶりに再会したロンドンのピカドール・ブックスの編集者が、原稿をとても気に入ってくれたんです。

 アメリカのセント・マーチンズ・プレスもこの作品を気に入ってくれて、出版を強く希望してくれました。そして、この本は本当に成功しました。今までの本の中で一番楽しく書けた本でした。

 執筆には1年もかかりませんでした。実は、逸話や人との会話に基づいた草稿を書いていたのですが、それには数ヵ月しかかかりませんでした。

 実際の最終版は、その草稿の一部と新しい資料を使って、すべてを形にするために編集しました。作家は本を書くのにひどく時間がかかって、コンピュータの画面とにらめっこしている時間が長いという印象を持っている人もいます。

 でも、この本は違います。この作品はとても簡単に書けましたし、とても楽しかった。

「自分のこと」だから知りたい

 キャラクターやひねりのあるプロット、ワクワクするようなクリフハンガーなど、私は物語を伝えるのが好きなんです。なぜなら、地球上の生命の歴史は、最もエキサイティングな物語だと思うから。

 小惑星の衝突や火山の噴火、惑星同士の衝突、恐竜の絶滅など、驚くほどドラマチックな出来事がものすごく、たくさん詰まっている。魅力的な素材があるのだから、それを本としてまとめるのは、ある意味ではとても簡単なことです。

 偉大なSF作家の一人であるイアン・バンクスは「本を書くときには、特殊効果の予算が無限にある。大きな火山噴火を起こしたいなら、ただそれを書けばいい」。というわけで、この本を書くのは純粋に楽しい時間でした。

 もちろん、私が掲載した論文、ネイチャー誌などに掲載された私のよく知る論文をたくさん引用しています。なぜなら、これらは私の血であり肉であるからです。9年前に上梓した『The Accidental Species』では、人類の進化についてたくさん書きました。

 この本の読者は全員が人間だと思いますが、彼らは「自分のこと」を知りたいと思っています。人は自分たちのことを読み、理解するのが好きなのです。つまり、「人類への関心」というバイアスを持っているんです。

 しかし、私は人類が絶滅した後に何が起こるかについても話しています。これは、人々が考えたくないことです。地球上の生命は46億年ですが、実は私はこの本で未来に旅しています。10億年先のことについて、将来起こるかもしれないことについて話しています。

※本原稿は、2022/9/2に熊本大学国際先端医学研究機構で開催された第19回「SCIENCE and ME」の著者講演を元に、再編集、記事化したものです。
協力:熊本大学国際先端医学研究機構(IRCMS)

【世界の知性の白熱講義】私たちが持っている「人類への関心」というバイアスとは?ヘンリー・ジー
「ネイチャー」シニアエディター
元カリフォルニア大学指導教授。一九六二年ロンドン生まれ。ケンブリッジ大学にて博士号取得。専門は古生物学および進化生物学。一九八七年より科学雑誌「ネイチャー」の編集に参加し、現在は生物学シニアエディター。ただし、仕事のスタイルは監督というより参加者の立場に近く、羽毛恐竜や最初期の魚類など多数の古生物学的発見に貢献している。テレビやラジオなどに専門家として登場、BBC World Science Serviceという番組も制作。このたび『超圧縮 地球生物全史』(ダイヤモンド社)を発刊した。本書の原書“A(Very)Short History of Life on Earth”は優れた科学書に贈られる、王立協会科学図書賞(royal society science book prize 2022)を受賞した。
Photo by John Gilbey