弘法大師・空海の生誕1250年に当たる2023年。外交官として世界各地を訪れた筆者が、真言密教の特徴から現代人がビジネスのヒントにできる点を紹介する。空海が学んだ9世紀初頭の唐の長安は、現代に例えると、ニューヨークとシリコンバレーを足して2で割ったような都市だったといえるだろう。(著述家 山中俊之)
空海の魅力とビジネスのヒントになる教え
2023年は、弘法大師・空海の生誕1250年の節目の年である。空海が「真言密教」を日本に広め、僧侶が修行するための道場を開いた金剛峯寺(和歌山県・高野山)をはじめ、空海にゆかりのある各地ではさまざまなイベントが催されている。
筆者は外交官としてエジプト、イギリス、サウジアラビアへ赴任し、首相通訳(アラビア語)や国連総会を経験した。その後はコンサルティング会社に勤め、経営幹部育成を目的とした会社を設立した。その間、高野山大学で仏教(密教)を学び修士号を取得した。
そうした経歴から、「なぜ、高野山大学で修士号を?」といった質問をしばしば受ける。そのような質問には、「ビジネスリーダー向けの研修やコンサルティングにおいて、『判断の軸』や『基底となる哲学』が必要だからです」と答えている。
振り返れば高野山大学大学院での勉強は、漢文で書かれた仏教の経典と格闘する日々だった。難解な仏教用語に辟易(へきえき)して投げ出したくなったことも、一度や二度ではない。しかし、仏教思想とビジネスの関係について論文をまとめられたことは、私にとってかけがえのない財産になっている。
そこで本稿では、弘法大師・空海の魅力と現代を生きるビジネスパーソンへの示唆を考えてみたい。激変する世界において、深淵な仏教思想は大いに示唆に富むと思う。なお、教義について宗教論を深く論じることは避ける。空海の教えである真言密教の特徴をざっくりと述べるので、ポイントを理解してほしい。
「何か難しそう」と思われすぎている真言密教
弘法大師・空海の教えである真言密教については、数多くの書籍・研究論文が出ているが、一般になじみがあるかというと違うだろう。
密教という言葉の持つ語感が「何か難しそう」という印象を与えることや、真言密教で用いられる「護摩の修法」や唱えられる真言などが、神秘的に見えすぎるのも関係しているかもしれない。
真言密教とは、空海が当時の世界最先端であった唐の長安に渡り、そこで受けた教えをさらに発展させたものである。その教えの特徴を凝縮し、現代人がビジネスのヒントにできる点と結び付けると、二つのテーマが挙げられる。